第4話 タスケテ、一人はボケ倒して、一は人幼児退行しています

「ベッドに入って来るなんてもってのほか! それ以前に勝手に人の部屋にはいらない!」


アム少年が床に座ったココとカリア、二人の少女に向けて言った。ココは視線をそらしがちだが、カリアはアムの目を見て問うた。


「では、それら禁止事項の立法化の手続きを進めよう」


彼はカリアの言葉をにべもなく否定した。


「しないよ! こういうのは約束で、法律で決めるようなものじゃない。僕と、二人との信頼の問題だから!」


少しキレ気味の少年の言葉に、カリアの顔に感銘を受けたと見て取れる表情が浮かぶ。


「信頼、ですか。では信頼法という名前で」


アム少年がカリアの言葉に被せるように言う。


「友達の間で法律なんて作らないの! 約束、守れるよね?」


ココはゆっくりと顔をそらしていき、カリアはアム少年の目を見たまま興味深そうに聞いた。


「参考までに、約束が守られなかった場合はどうするのだ? 罰則規定や強制執行は?」


アム少年はまだご立腹なようで、少し冷たく突き放すように言った。


「友達をやめるだろうし、あんまりひどかったらここを出ていく」


その言葉に、ココが目を見開き、アメフトのタックルに近い勢いで飛びついてきた。


「やだー!! 出ていくのやだー!!」


普段のポソポソとしゃべるココからは想像できない大声を出しながら彼の脚から段々上に登って来る。


「ちょっと、ココ! シーツ、シーツ! シーツずり落ちてる!」


アムのベッドに全裸で潜り込んで来たために体に巻き付けていたシーツがほとんど脱げていた。


「ちょっと、ココー!!」


とうとうココがアムに全裸で覆いかぶさる形になる。


カリアがいつになく真面目な表情で彼に言った。


「あまり9HSSR-0029380239203984002789037423874に厳しくしないでやってくれ。AIと違ってガラテアはホモサピエンス・サピエンスへ心理的に依存するよう条件付けされているのだ」


アムが彼の胸にうずめられたココの顔をを見ると、彼女はもっと小さい子がするようにして泣いていた。


「やだよー・・・・・・」


「依存するように条件付けって、もしかして洗脳ってこと?」


カリアがアムの問いに答える。


「ガラテア管理法、通称パラケルスス法ではプログラミング、と定義されている」


「それ通称の方が覚えにくいでしょう!」


ちょっと怒っていたせいか、少年のツッコミは鋭かった。



朝食の用意はココが機能不全に陥ったため、すぐに食べられるシリアルにフルーツと牛乳を入れたものをカリアが用意した。


ココはそれに注意を払わずアムの服の裾をつかんで黙っていた。しばらくシリアルの入ったボウルを見つめたままのアムに向かってカリアが言う。


「心配ない。アンブローシアは入れていない」


「それはそうかも知れないけど、なんとなく微妙な気持ちになるんだよ」


至って真面目な表情のカリアを見る。


彼女がAIであることも考えると、単に用意できる物の中で色々な面から妥当だと判断した物を用意したのかもしれない。


だが、見た目が普通の少女に見えるだけに、彼の放った、出ていくという言葉への意趣返しではないかと少し疑念を抱かずにはいられなかった。


恐々と匂いを嗅いでから口にスプーンを運ぶ彼にカリアが言う。


「幾つか稟議を通したいものがある」


「稟議?」


アムの疑問にカリアが答える。


「私は都市AIなので、都市機能の管理保全は自律的に可能だが、管理権限外の人類の遺産には、ホモサピエンス・サピエンスの了承なしにこれを修理・保守することは出来ない」


「他にもこんな施設があるってこと?」


「我が君にはまだこの施設しか見せていないが、都市自体はこの大陸だけで二十四か所ある。無線通信網は設備がもう存在しないが、有線通信網は修理していけば、他都市への連絡が付くはずだ。よってこの都市の外にある通信網設備の修理及び保守の許可をもらいたい」


「そっちにも僕みたいな人がいるってこと?」


「可能性は低い。ホモサピエンス・サピエンスがいる場合は一部活動状態にあるだろうが、そうでない場合は休眠状態にあるはずだ。各都市は私のようにAIの端末を百二十体までホモサピエンス・サピエンスの捜索に出せるが、出せるというだけで、実際にそうしているかはわからないからな」


「でも、もしかしたら協力すればもっとホモサピエンス・サピエンスが見つかりやすくなるかもね」


カリアが頷く。アムは彼の服の裾をつかんだままじっとしているままのココに声をかけた。


「ごはん食べないの?」


彼女は泣きはらした目で俯いたままボソボソと言った。


「いらない。食べたくない」


「食べないと気持ち悪くなったりするよ?」


アムがスプーンでシリアルをすくってココの口元に運ぶ。


「はい、あーん、して?」


ココが舌を出して少しそれを舐めてからスプーンを口に入れる。


「はい、あーん」


もう一度差し出されたスプーンを口に含んで、ココが泣き出した。


「ど、どうしたの?」


「おしっこ」


「トイレ、行っておいで?」


「やだ! ココがいない間にどこか行っちゃうんでしょう?」


助けを求めるようにカリアを見ると、彼女は真顔で頷いて口を開いた。


「うむ、気が付いたようだが今の食事は保存食主体なので、養鶏など維持コストの低い物は極小規模で稼働しているが、お世辞にも充実しているとは言い難い。ある程度食料生産を再開したいが、それも許可を」


「いや、今そういう話じゃない感じになったでしょ!」


「う~~~!」


恨みがましそうな目で唸っているココに出来るだけ優しく声をかける。


「いかないよ」


「うそ!」


「いかないって」


「うそ、いっちゃうんでしょう」


「行かないよ。どうすれば信じてくれるのかな」


「じゃあ、トイレついてきて」


ちょっと泣きそうになりながらカリアを見ると、彼女は真顔のままアムに言う。


「9HSSR-0029380239203984002789037423874は育成槽から着任して三年だからな。まだ少し職務に対しての心構えがなっていない」


「え? 三歳なの!? めちゃめちゃお利口さんじゃん!」


アムは衝撃の事実に直面して、まるでカリアに毒された様に少し的外れなことを口走ってしまう。


「もう、ここで出す・・・・・・」


「わわ、ちょっとまって!!」


とんでもないことを言い出すココをアム少年は急いでトイレへと連れに立った。

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