第3話 タスケテ、AIと人造人間が全然言う事をききません

「遺憾ながら、心配はいらない」


ショートボブの少女、カリアティードが先ほどの頑なな様子はどこへという冷静な態度で、アムへと冷静に語りかける。


「法により、投票権の比率はホモサピエンス・サピエンスが二、AIが一、人造人間が一、と決まっている。可決票と否決票が同数であれば否決だ。言ってみれば我が君には否決権がある」


またいつボタンの押し合いが発生しても動けるように構えていたアム少年の肩から安堵と共に力が抜けた。ココが不満げに自分の前のボタンを連打する。


「よ、良かった。そんなに気楽に滅ぼすとか言っちゃだめだよ!」


ココはアムを見ながらこれ見よがしにボタンを押し続けて異を唱える。カリアは首を傾げると何かを言いかけて、一度口を閉じてからまた開いた。


「では、公平な裁定のため、新たにコンテキスト・データを収集することを提案する」


ボタンがテーブルの中に収納されていく。ココは名残惜し気に表面をしばらく見つめていたが、あきらめたように食べ終えたものの食器を片付け始めた。


カリアが口を開く。


「先ず、変数の固定が容易と思えるものから始めよう。光魔法とはなんだ?」


「えっ、ああ。こういう感じのやつ」


アム少年が水を救うように両手を形作ると、そこにほんのりと明かりが灯った。


「・・・・・・どうも光学センサーに故障が起きたようだ」


ショートボブの首を傾げて言うが早く、床からリクライニングされた状態の歯医者の椅子のようなものがせり上がり、カリアがそれに横たわると天井から機材が降りてきて彼女の眼球をテストし始めた。


「別に故障してないと思うよ」


食器を片し終えていたココがアム少年の両手を握って口を開く。


「やはり神。無から有を生み出す」


ココの言葉にカリアがリクライニングされた椅子から飛び降りて言う。


「そうか、既知の現象だけを指標にするとはAIとして鼎の軽重を問われるな。可能性として光魔法が存在するなら、光魔法とホモサピエンス・サピエンスの関連性を調査するべきだな。場合によっては我が君の交配相手がより早く見つかるかもしれない」


アム少年は寝耳に水という顔で聞き返した。


「交配?」


ショートボブを揺らしてカリアが頷く。


「である。今の所候補は9HSSR-0029380239203984002789037423874、つまり、ココがその最優先対象ということになっている」


アムがココを見ると、彼女は眠そうな目をしたまま顔を自分の両頬を手で覆って口で言った。


「ボッ」


「9HSSRとはホモサピエンス・サピエンスのレメディ(治療法)第九バージョンという意味だ。ガラテアという人造人間は、二種類の遺伝子を保持していて、一つは自身の形質を決めるもので、もう一つは過去の人類のヒトゲノム・データから再構成された交配用のものだ。交配対象のホモサピエンス・サピエンスが期限範囲内になって見つからない場合、ガラテアがその対象となる」


驚愕の事実を知らされたアム少年が固まる。その様子にカリアが付け加える。


「もちろん、これを強制することは出来ない。嫌ならそれは仕方がない」


ココがアム少年の手を取って聞く。


「イヤ?」


「え、え、いやとかそういうのとか、僕にはちょっと早いし、それにそういうのって何ていうか、もっとこう・・・・・・」


しどろもどろになるアム少年へカリアが助け舟を出す。


「まあ、まだ猶予があるのも確かだ。今はそれまでの間に、可能な限り候補を見つけたい。そう言う事であるから、出来るだけ過去にさかのぼって我が君のことを教えて欲しい。何が指標になるかを決めつけている危険性があることを認識したが、出来るならばそういった自縄自縛は避けたい。似たような経緯の対象を調査することでアタリを引かないまでも、以前よりアタリつけられる確率が高くなる可能性はある」


アム少年は話すことにはやぶさかではなかった。二人は変わっているが、良くしてくれるし食事も美味だ。かれが祖父と祖母の元を引き離されて以来、人間扱いしてくれているのでは、と感じていた。


一通りアム少年が話した後、カリアが質問を挟む。


「つまり、生まれる前の記憶があると?」


「というようりは、前の人生の記憶があって、気が付いたら今の人生になってて物心がついた時くらいからじわじわ思い出したって感じかな?」


「記録した。暫定として、ホモサピエンス・シムラクラムの中からホモサピエンス・サピエンスを判別する方法の中に補足として光魔法の発現と前世の記憶の有無を入れるとしよう」


アムが疑問を挟む。


「今までどうしていたの?」


カリアがこともなげに答える。


「私の端末をある程度の地域に散在させて、通行人の網膜を読んでいた」


「効率悪くない?」


「悪い。効率的な観点から、人口の少ない所に派遣することも出来ない。だが、法で許可された方法を取るとそうなる。まさかあの者達のように片っ端から誘拐するとかは出来ないからな」


「あの者達? っていうか、まだ探してる対象の人がいるかもしれないのに無差別爆撃とかだめでしょう!」


ココとカリアが俯く。


「都市管理AIとして謝罪申し上げる。ついカッとなって前後不覚となっていた」


アムが畳みかける。


「っていうか、そういう法律は無いの? 無いなら作れない?」


ココは顔をそらして知らんぷりだ。カリアが不本意そうに歯を噛みしめたままその隙間から声を絞り出す。


「立法は過半数以上の票で可決、我が君が法案を提出すれば通ります・・・・・・」


アム少年ははいつも冷静そうなカリアの悔し気な顔が面白くなって笑った。


「めっちゃ嫌そうに言うじゃん。でも、確か生態系を大きく人工的に変えるのは良くないんでしょう? 彼らだってこの惑星の一部なんでしょう?」


ココは両手で耳を塞いでしまったが、カリアは思案気に口を開いた。


「なるほど、あのシム共を野生動物と見る訳か」


「あ、今のシムとかって呼び方蔑称じゃないよね?」


カリアがココと逆向きに顔をそらして、アム少年は問題の根の深さを少し感じてため息をついた。



***



翌朝、アム少年は暖かくてやわらかな感触に目が覚めた。すこし安心するような、良い匂いがする。


まだ少し眠い目をこすって視界に焦点が合うと、ベッドに一緒に全裸のココがいることに気が付く。


「うわ!」


驚いてベッドから飛び降りると、ココが体にシーツを巻き付けて、なまめかしさを演出しようとしているのか、取ってつけたような変なポーズを取って言った。


「昨日はとてもスゴかった・・・・・・」


どこで覚えて来るのだろうと頭の隅で思いながら、アムは寝間着のずぼんの中を見て事実を確認しようとしていた。


「ホモサピエンス・サピエンスの了承を得ずにガラテアが勝手に繁殖行為をすることは禁じられている」


カリアが親指大の綿棒をベロベロと嘗め回しながら言う。アムが口と口による唾液の直接のやり取りに苦情をいったからであろう。彼女はしれっとした態度で続けた。


「だがココ、ホモサピエンス・サピエンスによる、ものごとを決定する閾値は状況に応じて揺らぎが大きくなる。続けていればいわゆるワンチャンがあるぞ」


「カリアはココに悪知恵をつけさせないで!」


世代の違う人を『宇宙人のようだ』、と表現するのを聞いたことがあったが、今ほどその意味を実にしみて感じたことはなかったアム少年であった。

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