第5話 編み結び

「こいつ、面倒めんどうくさいからって皮ごとみかん食べてさ。そのカスが盲腸にまったんじゃないかって、医者に言われたんだって」


 そう言って笑う八雲やぐもに、いずみは無言で突っ込んだ。


(そんなわけないじゃん)


「だいたい手の色が変わるまで食べるとか、尋常じんじょうじゃないだろう」


 八雲の追及ついきゅうに、野崎がぽつりとつぶやいた。


「だって……マフラー編んでもらえるか、気になって……」


「それで、5kg箱全部食ったのか」


「ええっ? うそでしょ?!」


 八雲と紗友里さゆりの問いに、野崎の耳は完全に赤くなった。


「俺……泉のマフラー欲しかったしさ……」


 モールのざわめきの中でも、その声は泉の耳に届いた。


「……どうしようと、あたしの勝手でしょ」


 ぼそっと返す泉に、野崎が笑った。


「ま。俺には泉の合格って吉報きっぽうがあるからな」


「は? あんたには関係ない」


「いやいや、心配かけないように頑張った」


「心配してない。かけたのは迷惑」


 公共の場でも止まらない二人に、八雲と紗友里は唖然あぜんとした。


 ◇


 クリスマスが近づく頃、学校は終業式をむかえた。

 職員室の用事を済ませた泉が門に来ると、待ちかまえた野崎が言った。


「あのさぁ、クリスマス、なんか予定ある?」


 腕を組んだ泉は、あっさりと答えた。


「てんこ盛りである」


「いや、ちょっ……」


 慌てる野崎の前に、泉が手提てさげから取り出した紙袋をズイっと目の前に突きつけた。


「──処分しておいて」


 それは緑のラッピング袋に、赤いリボンが貼り付けてあった。


「じゃあ、俺がもらう」


 にっこり笑い、野崎が袋から取り出したのは、採点済さいてんずみのマフラーだった。

 さっそく首に巻いてみたが、三重さんじゅうに巻いても、まだ長かった。


「泉……長くね?」


「180センチ。あんたの身長もそのくらい伸びればいいかなって、願掛がんかけしといた」


「そっか。じゃあ壁に貼って身長しんちょうはかるわ」


 素直すなおに返事をする野崎を呆れて泉がせいした。


「ばっかじゃないの。冗談くらい……」


 そう言いかけた泉の首にも、マフラーがふわりと掛けられた。


「やっぱ、これ二人用でいけるっしょ」


 夕日に照らされた泉の顔は、首に巻かれたマフラーと同じ、緩やかにオレンジに染まった。

 夕焼けと同じマフラーの色は、ほんのりと心までも暖かくした。


 泉は黙ってうつむき、マフラーのはしの方を自分に巻き直した。


「そんなことない。二人じゃキツい」


 そう言いながらもマフラーを外さない泉に野崎がまた話しかけた。


「だから、クリスマス……」


「用事があるんだって。あんたに会わないって用事」


「それ、ひどくね?」


 突然、野崎はマフラーを両手で握った泉に、首を軽く締め上げられた。


「ひどい? どの口が言ってんのよ。散々人に心配させといて」


 思わず出た言葉だった。でもそれは、野崎には逆効果だった。


「え? やっぱ心配してくれたんだ」

「うるさい」

「泉。もしかして、もう会えないとか思った?」

「あんたとは一生会えなくていい」

「それはないぜ、泉ちゃん」

「ちゃんをつけるな。子供っぽい!」


 マフラーで繋がれたまま、二人は駅の方へ歩き始めた。


 足取りは互いに軽く、声のやり取りは止まらないまま、


 ──その影は離れななかった。




 ─end─

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既読にもならない ぱぴぷぺこ @ka946pen

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