第3話 編み重ね
お昼休みに隣のクラスの
窓の外では
「どのくらい進んだ?」
笑顔で聞く紗友里に、無表情の泉が無言のまま、机の横に掛けた手提げから、編みかけのマフラーを取り出した。
しかし、半分も編めていない現実に、紗友里の笑いは固まった。
「思ったより進んでない……かな?」
だがその
「いいの。一日二十センチ目標だから」
その声に、いつもの
紗友里は教室を見回して話題を変えた。
「あれ? 野崎は?」
「最近、
紗友里と八雲は同じクラスだったが、紗友里は編み物を一緒にしようと、泉のクラスへ来ていたのだ。
「
そう言いながら泉は
その
「それ、野崎にあげるの?」
「課題よ。提出しなきゃ」
紗友里の質問に、泉はあっさりと答えた。
「だって毎日
「見てない」
言い
その
「上手くなったね。誰かさんのお
その一言に思わず泉の
「あんたの指導が良かったのよ」
「そういう事にしとこうか」
紗友里がにこにこと笑いながら泉を見ると、編み棒の動きは、徐々にスピードを上げていった。
◇
同じ頃、八雲たちは進路指導室へやって来ていた。
自習室の
「病院行けって」
「痛み止めでなんとかなるっしょ」
野崎は歯を見せて笑った。
「明日、泉を見送って、
たまにズキンとくる痛みにも、まだ
◇
翌日、ホームの
本来なら四番ホームで乗り換えて学校に行くはずの野崎、八雲、紗友里が、
「……あんたたち、学校に遅刻するわよ」
泉は少し眉をひそめて注意をした。
だが、三人はお構いなしだった。
野崎は両手をポケットに入れたまま、肩をすくめて笑った。
「たいして遅れないさ」
紗友里も手を腰に当て、にこにこと笑った。
「大丈夫。
八雲は少し後ろで、何も言わずに肩を
泉は
「なにを言われても、知らないからね」
小さく
すると野崎がさっと泉の手を取り、ぎゅっと握った。
「
だが、泉は握られた手がまるで血が通ってないのかと思うほど冷たい事に驚いた。
一瞬、顔色が変わった泉に、紗友里が、
「そこ。赤くなるとこじゃないの?」
と、また笑った。
背後に電車が
泉はそそくさと電車に乗り込むと、三人はその後ろ姿に手を振った。
特急の扉が閉まり、泉は席に着きながら、
笑って手を振る野崎、にこにこの紗友里、控えめに
列車が動き出した。
その目は静かに野崎を見ていた。
ガラス越しに、色を失ったホームに立つ野崎の顔は青白く見えた。
加速とともに小さくなる三人の姿をいつまでも見ていた泉は、
いつもの
今日と明日、編めば今週中には
だが、その手は野崎の冷たい手を忘れる事はなかった。
◇
夜になると、いつも通り“トゥン”とマリオの落ちる音が鳴った。
野崎からの定期便のLINEが待ち受けに浮かんだ。
「マフラー編めた?」
本来なら待ち受け画面だけ見て流すところだ。
でも今日ばかりは、野崎の手の冷たさや、見送りの顔が思い浮かんだ。他の連絡がないかと、つい画面を開いた。
すると、短いメッセージがずらりと並んでいた。
「マフラー編めた?」
「マフラー編めた?」
「マフラー編めた?」
……
毎日送られた
一番下までスクロールし、確認をしても他の連絡はなかった。だが、その文字は泉をほっとさせた。
「ばっかじゃないの。おんなじ文ばっか。絶対コピペよね」
この言葉は誰に届く訳でもなく、部屋の
◇
同じ頃、野崎もまたスマホを見ていた。
いつもどおり文面を送ると、普段はつかない「
──泉が見てる。
そう思った
◇
泉が再び編み物をしていると、鳴らないはずのスマホがまた“トゥン”と音を立てた。
思わず
「泉はやればできる
の文字が表示されていた。
「あたしはやらなくてもできる子なの」
スマホに突っ込みを入れると、今度は画面を開く事なく、編み物を再開させた。
ただ、その指先は先ほどよりも軽やかに、毛糸と遊んでいた。
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