第18話 その一言は、今の僕には重く響いた

 12月の日暮れは早い。

 僕が一通りを調べ終わって、支部の玄関を出たときにはもう外は真っ暗だった。


「バスの時間は……」


 アプリで調べると、次の到着まで20分ほど。

 微妙な時間だけど、これなら待つべきだろう。

 なるべく節約は必要だ。


 一度建物を出てしまったので、バス停まで歩く。

 質素な作りだけどベンチがあるので、そこに座って待つ。

 待っている間、地図アプリで東京都心の地図を調べる。


 前は出かけるのが楽しみだったので、それなりに知っているつもりだったけど、今見直してみると知らない場所もかなりある。

 そんな中で、目的の施設がないか調べる。


 学校ということは、校舎がある。

 そして、隔離施設でもあるということは寮があるだろう。

 そして各学年100人として小中合わせて最大で1000人近く。


 そんな人数を外から隔てる壁がある場所。

 運動場も必要だろう。とするなら、それなりの広場がある場所か?

 だけど、都内でそんなスペースがあるか?


 だめだ、わからない。

 金欠が災いして低速回線の契約なこともあって、操作が快適で無いのも効率が悪い。

 その上、寒さで手がかじかんできて操作をミスることもあってイライラがつのる。


 そのとき、なんかやたら音の大きい車が通りかかる。


 と、思ったらその車が目の前で止まる。

 窓が開く、かと思ったら、ドアが上に跳ね上がって、そこには見覚えのある姿がハンドルを握っていた。


「帰り、送ろうか?」


 西川さんだった。


「お願いできますか?」


 それにしてもなんか見たことのない車だ。

 前が長くてかっこいい。

 左ハンドルなので僕は車の後ろを回って右側のドアから車内に入る。狭い。


「駅まででいいか?」

「はい。それにしても、すごい車ですね。見たことないです」

「そうだろうな。ドンケルフォールトなんて日本に何台も入ってないだろう」

「ドン……」


 耳に覚えのない名前について行けなかった。


「まあどうでも良いさ。所詮変わり者の乗る趣味の車だ。さあ、行くぞ」


 ドアを閉め、車は走り出す。

 狭い、音が大きい、視線が低い、となんかレースカーに乗っている気分だったけど、シートが暖かいのは寒い体にはありがたかった。


 何か話そうにもエンジンの音がうるさくて会話にならなそうなので、僕は黙って窓から見える景色を眺めていた。


 程なくして最寄りの駅に着き、礼を言って車を出ようとする僕に、西川さんは一声だけ声をかけてきた。


「先は長い。自分を安売りするなよ」

「……それって、どういう?」


 答えは返らず、西川さんの車は走り去る。

 意味は自分で考えろ、ということなのかもしれない。


 単に焦るな、ということなのかもしれない。

 ぼくはまだこちらの世界に足を踏み入れて間もない。

 今は力を蓄えて、真世界で無理をするなという忠告という解釈は間違っていないように思える。


 あるいは、それが名家と対立するな、という意味かもしれない。

 もちろん自殺行為に他ならないが、それを「先」と表現するということは、あの人は将来的に名家をなんとかしたいと思っているのかもしれない。


 さらに、ちょっと頭に浮かんだ「自分から名家に売り込みをかける」という事を制したのかもしれない。

 その場合は、僕の本当のD値を知っていることになるが、あれは書類には残されていないはずだ。香月さん、芹沢さん、あとはせいぜい鴉羽さんぐらいにしか漏れていない。

 いや、もしかするとSORAの秘密書類には載っているのか?


 どれにしても、言いたいことは同じだろう。

 今、僕がやろうとしている変な動きは勧めない。ということだ。

 おとなしくSORAで活動し、実力を上げろということなんだろう。


 改札を通り、いつもと段違いに混んでいる列車に乗り込む。

 この時間だとサラリーマンの帰宅時間に被ってしまうのだ。

 満員電車に揺られながら、僕はさっきの西川さんに言われたことを反芻する。


 僕はそれを受け入れられるのか?


 今の自分は真世界に足を踏み入れたばかりの新米だ。

 一人で向こうを歩くことすらおぼつかない。

 そんな状況で、何が出来るのか?


 僕のD値が高いという事は、現状唯一の売りだ。

 恐らく丸一日いても押し戻されることはない。

 でも、だからどうだというのだ?


 たとえ長時間滞在できるとしても、そこは侵略者や凶暴な野生動物がいる世界だ。

 強さのヒエラルキーでいえば最下位に近い。

 ただ逃げ惑うだけの一般人に過ぎない。


 振り返って僕がやりたい事とは何だろう?

 それは、父、母、妹、義理の家族だとしても3人に再会することだ。

 もし、会った上で離れて生活することを彼らが望むなら諦めも付く。


 だけど、一度も会わないで、意思も確認しないで隔てられているのは嫌だ。

 父母は居場所すら、生死すらわからない。

 だけど、妹は、柚葉はここから数十キロ以内の、東京都内にいるはずなのだ。


 問題は、その正確な場所を知ることも、そこに近づくことも難しいということだ。

(ちくしょう……)

 さすがに満員電車の中である事を忘れるほどでは無いから、声には出さない。

 だけど、もし許されるなら、大声で叫びたい。

 どうしようもない状況を嘆きたい。

 何かすべきだと感じているのに、上手いやり方がわからない。

 何も出来ないことが、なんでこんなにつらいんだろう……


 内心の荒れ具合とはうらはらに、僕は吊革につかまり、満員電車に揺られ続けるのだった。



 *****



「ただいま」


 返事が返ることはないが、今日もそれだけは声に出して扉を開ける。


 玄関から一歩入って、ふと立ち止まる。

 いつも通り静かな部屋。外と同じく室内も冬の寒さがそのままだ。

 家族がいないのは寂しいけれど、いつの間にかそれにも慣れつつある。

 前は、柚葉が僕の部屋にノックも無しに入ってくるのに腹が立ち、将来一人暮らしする、なんて思っていた。

 

 実際の一人暮らしは経験してみれば寂しいものだ。

 だけど、自分一人という気楽さもあるということは間違いない。


「自分一人、か……」


 この部屋では何をしていても、誰も見ていない。

 一人ならば、何をしていてもわからない。


「行ってみるか……」


 それが危険なことはわかっている。

 敵以外にも野生動物でさえ危険なのだ。

 香月さん曰く「兎より大きいものは全部クマだと思え」というのは大げさでは無い。


 でもまあ、多少の魔法は使えるようになったし、あの拠点の場所に逃げればいい。

 『走行補助』を使えばなんとかなるだろう。


 僕は今閉めたばかりの玄関ドアを再度開ける。

 鍵をかけて、外階段を降りる。

 アパートの裏には小さな林があって、その向こうは田んぼになっている。

 

 僕は林の中に入り、どこからも見られていない事を確認して、ピアサーを取り出す。



 *****



「意外に静かだな……」


 最近は香月さんと一緒に行動していた。

 必然いろいろアドバイスされ、こちらからも質問をする。

 会話が途切れることはあんまり無かった。


 それに、真世界『訪問』ではなく『出動』だ。

 対処すべき問題や、何らかの目的があって行くのだから、いつも時間やタスクに追われての真世界だった。


 そう考えると何の目的も無くこの地を踏むのは初めてだ。

 表層世界と変わらず林になっているその場を出ると、静かな草原が広がっている。


 変だな、不思議に落ち着く。

 もちろん突然殺意の高い敵や野生動物がどこかから襲ってくる恐れはある。


 いや、多分無い。

 なんかそんな気がする。

 ここには一面の静寂があるだけ、のように僕には感じられた。


 歩き始める。

 目的地は近所の小規模拠点のアンテナだ。

 ゆっくり歩いても10分もかからない近所だ。


 初めての異世界散歩としては悪くないと思う。

 僕は月明かりの下、ゆっくりと草原を歩き始める。


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