RAW WORLD
春池 カイト
プロローグ
第1話 僕は戦っている
人生を一瞬で変えるほどの『奇跡』なんてめったに起きない。
一生のうちで一度も無い人が大半だろう。
だからみんな、日々コツコツとやれることをやり続けている。
僕も同じく、今やれることをコツコツやるだけだ。
不満なんてない。
だって僕はすでに『奇跡』を経験してしまったのだから。
『そっち、行ったわよ』
「了解、こちらで処理します」
通信の相手は同い年だが、業界では先輩だ。
ひょんな事から引きずり込まれ、今はこうして一緒に戦っている。
戦い?
地球上で戦争なんて起きてるのは遠い国だろうって?
いや、僕が戦っているのは地球の、日本だ。
ただし『本物の』地球だけど。
「たぶん小物じゃ無いよなあ……来たっ!」
見慣れた地形、見慣れぬ風景。
その中をやってくるのは
異界からの侵入者のうちで、二足歩行かつ飛行可能なタイプだ。
一般的な悪魔のイメージ通りの姿。
肌の色が青っぽく、目がつり上がっていて角もある。
名家を名乗るくそったれ連中はかたくなに鬼と呼ばせようとしているが、SORAは国際標準に従う。
僕らとしては悪魔と呼ぶことになる。
連中が気を悪くするならむしろ気分が良い。
奴らはSORAにとって味方でもあるが搾取される側でもあり、商売敵でもある。
そして僕にとっては明確に敵だ。
大事な物を奪われ、今もそれを取り戻すために僕は戦っているのだ。
だけど奇跡は二度も無い。
だから僕は、日々コツコツと戦いを続けるだけなのだ。
右手を上げ、敵の方を指さし、僕の呪文を唱える。
『Set 3 Silentium
Point 3-2 Form.
and, Point 2-1 this direction
Call 3-2 to 2-1
Execute』
呪文とともに、僕の指先から業火が敵に向かって飛ぶ。
鉄はおろか、この世にあるほとんどのものを溶かす超高温の火流。
悪魔は何らかの魔法を使おうとしていたようだ。
が、そのもくろみは僕の炎によって中断、そして声を上げる間もなく敵は炎に飲まれる。
一瞬で蒸発したらしく、すぐにその姿は見えなくなった。
『Release』
炎が止む。
そこには一直線に焼けてえぐれた草原があった。
今も炎が通った脇では草が煙を上げて燃えている。
自然破壊?
その心配はない。
だって一ヶ月もすればえぐれた土も燃えた草も元通りになるのだから。
僕はボディカメラを確認する――録画よし、音声はいつも通りオフ、よし。
それを確認して僕は通信機の送信ボタンを押す。
「終わりました」
『お疲れ様、どう? 強かった?』
「いつも通りですよ」
いつも通り、先手を打って消滅させるだけだ。
『そう、じゃあ戻りましょう』
「了解」
僕は通信機をオフにしてポケットからピアサーと呼ばれる装置を出す。
見た目は固いカバー付きの折りたたみ傘のように見える。
そして、使い方も傘のように開いて使う。
まずは折りたたんだままボタンを押す。
すると先端が光り始める。
その光を目の前で動かないように保持。
10秒待って、ボタンを離してピアサーを下ろす。
空中に直径5cmぐらいの穴が開いている。
そこから先端にカメラの付いたプローブを突っ込む。
周囲の状況を確認、誰もいない。
また、付近のSORA管轄カメラからのデータを受信し、問題なしと返答がある。
そこで初めて傘を開く。
ピアサーは骨組みだけで布は張っていない。
そして骨組みは実際にはアンテナだ。
僕は手元の別のボタンを押して、さっきと同じように空中で保持する。
スイッチを離すと、そこには直径1m弱の穴が開いていた。
僕はピアサーを畳んで、その穴を通り過ぎる。
空気が違う。
匂いが違うだけでは無く、上手く言えないけど……そう、やっぱり空気が違う。
ここは僕が生まれて今まで生きてきた世界。
魔法も神秘も異世界からの侵略者もいない世界。
現実世界? いや、真実を知ってしまった今ならこう呼ぼう……
表層世界、と。
もはや日常でも、僕は『現実』という言葉を使うのをためらうようになった。
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