手遅れでなければ動けない

 このままでは、領主も動かないだろうというリーン女史の判断の理由とは、まとめてしまうと「人手が足らない」という事だった。


 まず、巨大熊を退治すると言っても、今はその痕跡が確認されるばかりで、具体的な場所がよくわかっていない。


 痕跡が発見された場所はハラー村から見れば近いのだが、その区分の仕方は人間の都合で分けられたもの。

 野生動物にはそんなものは通用しないから、巨大熊が素直にハラー村を襲うかどうかは確定していない、というのがリーン女史の見解だ。


 この見解に対しては、反論のしようが無かったことは言うまでもない。

 つまり現段階で巨大熊に対抗しようとするなら、大規模な山狩りをするしかないわけだが、それは伯爵家だけでは対処しきれないのではないか?


 ……というリーン女史の推測に続く。


 この辺の兵士の事情はよくわからないが、リーン女史は昔の経験で何かしらの感触があるのだろう。


 しかし、リーン女史の推測にはもっとはっきりとした根拠があった。


 私の父、テセウスが戦死した戦いで、その時に敵となったのはグラナドス侯爵家。

 そのグラナド侯爵領と、今私が住んでいるジャコメッティ伯爵領は当然のことながら、今でも領境を面しあっている。


 となると、ジャコメッティ伯爵家としてはまず、グラナドス侯爵領への防備を第一に考える。兵士を山狩りに回して簡単に領境を手薄にすることも出来ないという理屈だ。


 そういった状況では、ただ「助けてくれ」というだけの嘆願書だけでは、兵士たちを割くという判断にはならないのではないか?


 ……というのがリーン女史の見解である。


 これもまた、中身が日本人の私は納得してしまうんだよなぁ。


 後藤隊長が「基本的に警察官の仕事は手遅れ」と言っていたが、あれこそ真理だと思う。実際に被害が出ないと公的機関というものは積極的には動けないのだろう。


 警察官と兵士とでは違うんだろうけど、恐らくは似たような力学が働いてそうな気はするし。


「無下に断る、ということは無いかと思いますが、すぐに動くこともまずないのではないかと考えます」


 と、リーン女史は締めくくった。


 溢れんばかりの説得力に、一同黙り込むしかありません。

 となると、要請するにしても具体的な目標というか、そういう見通しが立ってからの方が良いのか。


 まず巨大熊の所在地をはっきりさせなければ――


「そ、それならまずジョー。あなただけ、いえご家族でロート村こちらに越していらっしゃい。その巨大熊騒動が収まるまでは」


 いきなりレルがそんなことを言い出した。

 一瞬呆気に取られてしまったが、今の私はしがない女の子ではある。そして貴重らしい《聖女》でもあるわけだ。


 それなら、レルの言うように避難する方が自然かもしれない。

 リーン女史をはじめとして、大人達もレルの言葉に賛成のようだけど――

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