第1話

4月になり、私は高校生になった。


「新しい高校の制服どう?似合ってる?」

「うんうん似合ってる、流石は我が妹だ!」


自分の全身が映るほどの大きさの全身鏡には、今日から毎日着ることになる高校の制服に身を包んだ私の姿が映されている。


その姿を姉に自慢するように見せると、手に持ったコップの中のコーヒーをくるくる回しながら私を褒める。


水色のブラウスとネクタイ、青と白のチェック柄のスカートと紺色のブレザーで全体的に綺麗でかわいい制服であるが、一番いいポイントはブレザーの胸ポケットに刺繍されている鳥と花だろう。


この学校にした理由の中にも少なからず「制服の可愛さ」という部分も入っているため、この制服を着られるという点で既に満足している。


自分の三年生時点の学力的に考えてギリギリではあったが頑張ってここに入って正解だった。


中学の頃から私のトレードマークとなっている髪留めを着け、初日登校日でまだ軽い状態のボストンバックを肩に掛けて靴を履き、玄関の鏡で髪形の最終確認をしてから一度振り返る。


「いってきます!!」


元気よく出発の挨拶をして私は扉から飛び出した。


***


4月になり、着込まなければ外に出られないほどの寒さは過ぎていき、ジャケット1枚だけで外を歩けるような春の陽気を感じられる。


肌を撫でるように過ぎていく風は冬特有の肌を刺激する物では無く、まるで肌を包み込んでいるかの様に心地のいい春風へと変化していた。


家の近くの駅から電車で15分ほど揺られた後、学校の最寄り駅を降りて道なりに進んでいくと、美しい淡い紅色の木々で飾られた道が見えてくる。


「わぁ...すっごく綺麗」


30本ほどはありそうな桜並木は、入り口から見た分だけでもとても圧巻であり、私はその光景に思わず呆気にとられたような声を上げてしまう。



少し前に伸ばされた掌には、木々の一つから離脱した薄紅色の花弁が着地しており、愛おしそうに眺めていると吹かれた風によってもう一度空中へと投げ出された。


***


「そういえばさ、中学の頃の「皐月 哉理」って知ってる?」

「「皐月 哉理」?誰それ知らない。」


入学式の後、同じ中学で唯一同じ高校に進学した「城崎(しろさき) 志保(しほ)」が突然知らない人の名前を会話に出してきた。「皐月 哉理」という名前は私の記憶フォルダを探しまわっても見つけることが出来ず、志保に詳細を訊ねる。


「まあ知らないのも無理ないよねぇ~。佐那ってばテストの全体順位とか一切気にしてなかったもんね。」

「まぁ...勉強は好きじゃないし。そんなに頑張ってなかったから上位20位だけの名簿見に行っても無駄足だしね。」

「その哉理って子、1年生から3年生の前半までずっと1位を取り続けてた子なんだよ。」

「へえ~。」


私は興味の無さそうな返事を返す。


実際中学の頃の学力順なんか今になったら興味など無いし聞く意味も見当たらない。...しかしその中でも一つ気になった点があった為、私は志保にそこだけを問い詰めた。


「そんなに頭の良かった子がどうして3年生の前半までしか1位を取り続けられなかったの?2位だった子の学力が上がって追い越されたとか?それともその皐月って子のやる気が無くなったとか?」


学力を計るテストであるため、その時その時の調子や好き嫌いによって順位が前後することはあるだろう。


しかし連続で圧倒的1位だった子が急に転落することがあるだろうか?志保が言うには「20位の名簿にもいない」という話であったため余計に謎だ。


私が志保に質問を投げかけると、志保は少し言いにくそうな顔をしながら私の質問に答えた。


「その哉理って子、不登校になったんだって。いじめが理由だってさ。そして高校受験もしなくて今も家にこもってるって噂。」

「ふぅん、そうなんだ」


少しそっけない返答になってしまったが、志保は特に気にしていないようだった。


しかしそんな噂話を私にして、一体何の意味があったんだろうか。様々な理由を考察したが、最終的に噂話が好きな志保が雑談をしたかっただけ、という結論にたどりついてこの話は終わった。


***


初日が終わり家に帰宅する。


小さいころから使っている私の部屋には、見慣れたものしか置かれていない。私は記憶の残っていない頃からおいてあるベットに身を任せる。


枕元に置いてある少し大きい羊のぬいぐるみを胸の前に抱え、志保から聞いた今日の話をもう一度思い返してみる。


「皐月 哉理」

何度思い出そうとしてもやはり出てこない、正体も知らない名前。


現状いじめを受けて不登校になった、という情報しか私は知らない。

その人物について深く考えたところで、何も変わらないとは分かっているが、どうしても彼女の事を忘れることはできなかった。



出来ることなら力になりたい。



そんな気持ちはあるが、面識もない私が何らかの理由がない状態で急に彼女のもとを訪れる事は、あまりに現実的ではないと思う。


私はどうにか彼女のもとに行く口実を考えることにした。


考え始めて10分ほどが経ったが、未だに最善の選択は見当たらない。

私は抱えている羊のぬいぐるみを少し強めに抱きしめる。腕の位置にある羊の顔が圧力によって少し歪んでいるが、そんなことは気にせずに抱きしめ続ける。


そして私の中に一つの解決策が浮かんだ。


「優等生として先生の評価を得るために、不登校の子を学業復帰させる。という口実で行けば志保にもいい感じに皐月さんの家を聞けるのでは...!」


冷静に考えてみればあまりにも無謀で猪突猛進的な考えであると思うが、今の私が考えられる最善の策はこれである。


私は覚悟を決めるようにして強く抱きしめている羊のぬいぐるみを開放して、ベットに完全に身を任せてそっと瞼を閉じた。


***


次の日


今日から授業が始まっていくという事で、教室内は楽しみと緊張の空気に包まれている。


朝早くに登校し教室内で今日の準備をすべて済ませた後、朝礼のチャイム5分前に教室に来た志保の所へと出向いた。


「おはよう志保。」

「おはよう佐那。いや~今日から授業が始まっちゃうよ...」


欠伸をしながら入ってきた志保は、今日の授業始まりが憂鬱らしく、朝一番だというのに四限目が終わった後の様に机に突っ伏している。

そんな志保に、私はさっそく聞きたかったことを聞くことにした。


「ねえ志保。昨日話してた「皐月 哉理」さんの家の場所ってわかる?」

「うん、わかるけどー...って佐那、もしかして...」

「家の場所...教えてくれない?」


私は、私が言う前に志保が予測したであろう内容をそっくりそのまま口に出した。


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