第9話“もう一度”がいらない日

春の風が学院の庭を渡る。

桜に似た薄紅の花びらが舞い、エリスの金髪をふわりと揺らした。


「ねぇ、レオン。」

「ん?」

「今日の授業、寝てたでしょう。」

「……バレたか。」

「先生が怒るのも当たり前よ。

魔法史の試験、範囲めちゃくちゃ広いんだから。」


そう言いながらも、彼女の頬は少し笑っている。

その笑顔を見ているだけで、胸の奥が温かくなる。

“ああ、本当に終わったんだな”って。


◆ 放課後の屋上

夕焼けの光が赤く染める。

かつて、何度も彼女を失い、何度も出会い直した場所。


「ねぇ、レオン。」

「……どうした?」

「この空、何回見たんだろうね。」

「さぁな。でも、もう数えなくていい。」


彼女が少し目を細める。


「あなたが覚えてる“私たち”の思い出、

私は知らないのに、なんだか懐かしいの。

不思議だよね。」



「時間が巻き戻っても、心だけは繋がってたんだ。」

「そうかもね。

だから……今度こそ、離れないようにしよう。」


エリスがそっと指を絡める。

柔らかい手の温もり。

ループの記憶よりも、何よりも“確かな今”だった。


◆ 夜・中庭

星が瞬く夜。

ユリウスが静かに現れる。


「おめでとう、二人とも。」

「……全部、あなたが見守ってたんだな。」

「彼女が自分を封印した時から、私は“時間の守護”を託された。

君が彼女を見つけ出すまでは、決して手を出さないと決めていた。」


エリスが微笑む。


「ユリウス様、ありがとう。

あなたがいたから、私……怖くなかった。」

「その言葉だけで十分だ。

だが、ひとつだけ忠告をしよう。」


ユリウスの瞳が星空を映す。


「人は、二度と同じ時間を繰り返せない。

けれど、“今を大切にできる”なら、

それは神が与えた最初で最後の奇跡だ。」


レオンとエリスは互いに顔を見合わせ、頷いた。


「それでも、もし――」

「“もう一度”があるなら?」

「その時は、もうループなんてしない。

最初から、同じ時間を歩く。」


ユリウスが小さく笑った。


「……それが、答えだ。

お前たちはもう、“時の外側”にいない。」


そう言い残し、風の中に消えていった。


◆ 翌朝

朝の鐘が鳴る。

ベッドの上でまどろむエリスが、寝ぼけた声で呟く。


「おはよう、レオン……。

今日が入学式……って、もう終わってたわね。」



「ああ。

でも、新しい日なら、これからいくらでもある。」


彼女が目を開ける。

その瞳には、どんな過去も、未来も映っていなかった。

ただ、“今”だけを生きる透明な光が宿っていた。


「ねぇ、レオン。」

「なんだ?」

「もし、明日がまた巻き戻ったらどうする?」

「その時は……またお前に惚れ直すだけだ。」

「……バカ。」


エリスが照れくさそうに笑い、レオンの肩にもたれた。

外では、春の風がまた吹いていた。

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