第8話君のいない朝

朝。

鳥のさえずり、学院の鐘の音。

すべてがいつも通り――

ただひとつ、違う。


「おはよう、レオン。今日が入学式ね!」


……その声が、ない。

教室に入っても、彼女の姿はどこにもなかった。

机も、持ち物も、まるで初めから存在しなかったかのように。


◆ 教員室


「すみません、エリス・クローヴァのことで……」

「……誰のことだい?」


その言葉で、頭が真っ白になった。


「主席入学したはずの……!」

「今年の主席は、王子殿下ユリウス様だよ。」


……世界が、変わっている。

いや、エリスが消えた世界に書き換えられている。


◆ 夜・学院の塔

「やはり気づいたか、レオン卿。」

振り向くと、ユリウスがいた。

月明かりの中、どこか哀しげな笑みを浮かべている。


「お前……彼女をどこへやった。」

「“どこへ”ではない。“いつへ”だ。」

「いつ……?」

「エリスは、自ら時の底に沈んだ。

ループを終わらせるために、君を守るために。」



「……嘘だ。」

「真実だよ。

あの暴走の瞬間、彼女は世界を巻き戻す代わりに、

自分を“過去の時空”へ封じた。

君が彼女を見つけるまで、何度でもやり直すように。」


ユリウスの瞳が光る。


「彼女は君を選んだ。

だが、君が彼女を取り戻せるとは限らない。」

「……なら、何度でも探す。」

「世界が壊れてもか?」

「世界より、あいつの方が大事だ。」


ユリウスが目を細め、少しだけ笑った。


「……なるほど。

君が彼女に惚れられない理由が、少しわかった気がする。」

「どういう意味だ。」

「君が彼女を“救う対象”として見ている限り、

本当の恋は始まらない。

エリスが求めていたのは、守られる自分じゃない。

“同じ時間を生きるあなた”だ。」


その言葉が、心の奥をえぐった。


「……それでも、俺は行く。

彼女が笑える未来に、たどり着くまで。」


ユリウスは静かに頷き、杖を掲げた。


「なら、これを渡そう。

彼女が最後に残した“時の欠片(ときのかけら)”だ。」


手のひらに青い光が宿る。

それは、あの夜の彼女の瞳の色だった。


◆ 時の狭間

空も地もない世界。

ただ、青い光が無数に漂っている。


「……エリス!」


声が反響する。

彼女の姿は見えない。

ただ、遠くから――あの声が聞こえた。


「レオン……もう来ちゃだめ。

私のせいで、あなたまで壊れちゃう……!」



「ふざけるな!

置いていかれる方が、よっぽど壊れる!」


光が弾ける。

足元が崩れ、時空が裂ける。


「――だったら、連れてって。

あなたの“今”に。」


その声と同時に、彼女の姿が現れた。

ぼやけた輪郭。

触れれば消えそうな光。


「もう一度言え。」

「……あなたが好き。

何度でも、何度でも、好きになる。」

「俺もだ。

何度でも、惚れ直す。」


二人の手が触れた瞬間、世界が光に包まれた。


◆ 新しい朝


「……おはよう、レオン。今日が入学式ね!」


目を開けると、彼女がいた。

制服も、机も、全部、元通り。

けれど――今回は、違った。


「ねぇ、レオン。」

「ん?」

「夢でね、あなたに言われた気がするの。

“また会おう”って。」

「……それ、夢じゃないよ。」

「そう……ふふ。じゃあ、現実ね。」


彼女が笑う。

もう、あの涙も、封印もない。

ただ、今を生きるエリスがそこにいた。

俺は小さく呟く。


「……今度こそ、終わらせよう。

二人で、生きていくために。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る