第6話彼女に触れたのは、俺じゃなかった
朝。
いつものように、同じ時間、同じ光景。
「おはよう、レオン。今日が入学式ね!」
いつも通りの笑顔。
でも――その視線の先に、俺じゃない誰かがいた。
◆ 王太子の登場
学院の講堂。
新入生代表の挨拶として壇上に立ったのは、
王国の第三王子、ユリウス=グレイヴル。
金の髪に青い瞳。
完璧な微笑み。
その立ち姿だけで周囲の女子が息を呑む。
そして――彼の視線が、まっすぐエリスを捉えた。
「君が、噂の天才魔導士だね。光栄だ。」
「え、あ、は、はい……」
彼女が照れている。
エリスが……照れてる!?
心臓がドクンと鳴る。
この感情――わかりやすく言えば、嫉妬だ。
◆ 放課後の訓練場
「エリス、今日も魔法の練習か?」
「うん。あの人──ユリウス様が見に来るって言ってたの。」
“ユリウス様”。
様をつけた、だと……?
「あいつ、本気で君を気に入ってるんじゃないか?」
「ち、ちがうわよ! ただ、魔力理論の話を……!」
「それ、デートの言い訳に似てるぞ。」
「なっ!? だ、だれがそんな……!」
ツン全開。
けど、耳まで真っ赤。
わかりやすい。
……でも、笑えなかった。
◆ 夜・学院中庭
エリスは、夜の中庭でユリウスと話していた。
彼の手が、彼女の髪に触れる。
それを見た瞬間、胸が焼けるように痛んだ。
「……やめろ、ユリウス。」
思わず声を荒げた。
二人が振り向く。
ユリウスは穏やかに笑う。
「おや、嫉妬かい? レオン卿。」
「彼女に軽々しく触るな。」
「僕はただ、彼女の髪に葉がついていたから取っただけだよ。」
静かな口調。
けれど、視線には確かな挑発があった。
「彼女は特別だ。
王家として、守りたい存在なんだ。」
“王家として”。
つまり、正式に彼女を取り込むつもりだ。
「……エリス、行こう。」
「ちょ、ちょっと、レオン!?」
手を引く。
ユリウスが微笑を浮かべる。
「その手、何度握り続けられるかな?」
その言葉が、不気味に響いた。
◆ 寮の屋上
夜風が強い。
エリスは少し怒っていた。
「もう! 勝手にあんなこと言わないで!」
「俺は……守りたかっただけだ。」
「誰に? 私? それとも、“過去の私”?」
その言葉に、息が止まる。
「あなた、最近おかしいの。
まるで、私の全部を知ってるみたいに話すから。」
「……俺は、何度もお前を見てきた。
何度も失って、何度もやり直して……」
「だったら!」
彼女の声が震える。
月光の下、涙がきらりと光る。
「だったら、今の私を見てよ。
今の“エリス”を好きになってよ!」
沈黙。
言葉が出ない。
確かに俺は、“前の彼女”を追っていたのかもしれない。
「……ごめん。」
「謝らないで。
あなたが私を見てくれるなら、それでいい。」
そして彼女は、俺の胸に手を置いた。
その温もりが痛いほどに優しい。
「でもね、レオン。
次の朝が来ても、私があなたを覚えてる保証なんてない。」
「覚えてなくてもいい。
俺がまた惚れさせる。」
「……ほんと、バカ。」
彼女が微笑む。
だけどその瞳の奥で――
一瞬、青い光が揺れた。
まるで“魔法の封印”のように。
◆ 翌朝
「おはよう、レオン。今日が入学式ね!」
いつも通りの朝。
けれど今回は――
ユリウスが彼女の隣に立っていた。
「エリス、今日も君は美しい。」
「あ、ありがとうございます……ユリウス様。」
俺を見ても、彼女は微笑まなかった。
「……また、最初からか。」
世界がループする音が、遠くで軋んだ気がした。
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