巫女の憂鬱
「ロマったら、本当陰険よ。いつもやれ勉強なさい、儀礼を学びなさい、修行をなさい。うるさいったらありゃしないわ」
私はロマがいなくなったことをいいことに、バルコニーの手すりに突っ伏して組んだ腕に顎を乗せて大きな独り言をぼやく。
ぼやかないとやってらんないのだ。
私の陰鬱な気持ちとは裏腹にバルコニーから眺めるこの街──水上都市ニュムパエアは活気に沸いている。ニュムパエアの中心に座するこの宮殿からは街の様子がよく見えるの。この水上都市は切り出した特別な石灰岩を加工して建材とした白い建築群が特徴で、式日である今日この日の真っ青な晴天によく映えていた。そんな白い街並みが色とりどりの布や旗で飾られて今日という日を祝っている。
なにせ、巫女を讃える式典なんだもの。要はお祭りで、私も巫女じゃなければお忍びで、中央通りのいろんな屋台で食べ歩きに勤しむところだけれど、人間はこのニュムパエアに巫女である私一人しかいない。忍ぼうにも忍べない。
ニュムパエアは水竜族が集い、水の原初の光を守るための謂わば聖地で。人間にとっては禁足地なんだって。水の巫女である私以外。
そういうこともあって、私はこのニュムパエアという都市でただ一人の人間で。肩身が狭かった。
どんなに水の巫女として大事にされてたって、それは水の巫女であって、私ことシャスカじゃないもの。
だからフラストレーションが貯まるのも一定しょうがないことなの。
「ちゃんと全部きちんとやってるじゃないのよ」
そりゃあ、訓練とか授業とか? たまーにはサボっちゃうこともあるけど? でも本番にはいつだって間に合わせて来た。
ロマが言うようなこと全部上手くやれたらいいんでしょうけど、私はそこまで必要以上に完璧にはなれない。
「お母様もやって来たことですもの。私だって、きちんとやってみせるわ」
そう、私のお母様も水の巫女だった。
お母様は病気で早くに亡くなって、あのお目付役のロマが実質親みたいなもので。だからまあ、ロマには遠慮していないところもある。
私が巫女だからとは言え、異種族の私をここまで育ててくれたことはありがたいとは思ってる。
でも……。
「……私以外の人間どこにいるのかな」
私は、自分とお母様以外の人間を見たことがない。
どこかにいるはずの自分の父親すらも。
だから、ロマがいてくれたって寂しいと思う気持ちはいつだって心の中にはある。
心のどこかで何かがずっと宙ぶらりんなのだった。
「あーあ、勉強とか修行とかぜーんぶやめちゃって、そんで、私と同じ人間探しに行きたいなあ」
私と同じ人間を探しに行くこと。
それが私の夢。
世界は広いって聞くし、きっと私以外にもどこかに人間はいるに決まっているもの。
きっと、そうよね。
そんなこんなで、私が遠い遠い海の向こうに思いを馳せていると、あっという間にロマと約束した十分が過ぎ去ろうとしていた。
そろそろ時間だ。
ロマが呼びに戻ってくる。
私は、一度背を伸ばすように大きく腕を上げながらのけ反って、それから思い切り両頬を手でパンと叩いた。
うん、頑張る!
そう意気込んだところで。
「────っだよ!」
私のいるバルコニーの下の方が何やら騒がしいことに気がついた。
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