竜の涙と黒の機関ー風を呼び戻す者ー
晴風 彼方
第1話
【第1章 焚き火の夜と竜の啓示】
オレは、ミズリ。タクネット村のミズリだ。
面白い話をしてやろう。
ある日、オレは「竜の涙」を取りに村を出たんだ。
「竜の涙」は、道具屋で高く売れる。
でも取るのは危険だ。竜は、この世で最も偉大で強い。
その気になれば、口から吐く火炎で町を焼き払える。
そして頭も良い。恐らくオレたちの言葉を聞き取れる。
その竜の隙を付かないといけない。並大抵の“仕事”ではない。
この仕事のために、沢山の仲間が傷つき、死んだ。
だが、これを成功させれば数ヶ月は遊んで暮らせる。
死んだ仲間の家族達も食っていける。
……それに最近、奇妙な夢を見る。
竜がオレに何かを言っている、そんな夢だ。
この仕事は“ドラゴンシーフ”と呼ばれる職業。
危険な竜を相手にする。先祖代々の家業だ。
村の中では、オレが一番の腕利きだ。
⸻
村から川を下って二日、歩いて三日。
竜の棲む山にたどり着いた。
山は相変わらず険しい。
ネズミ色の三つの峰がそびえ立ち、その真ん中に竜の巣がある。
山頂付近には黒雲と稲光が渦を巻き、人を寄せつけない。
何度見ても背筋が凍る。
日が暮れた。
山に入る前に、一夜を明かそう。
辺りの枯れ枝を集め、焚き火をした。
火の明かりが暗がりを照らす。
この明かりは好きだ。心が落ち着く。
――だが、明るくしたのは心を慰めるためではなかった。
森の中で火を焚けば、奴らが必ずやってくる。
「きなすったか」
オークだった。
茂みの奥から二匹が現れる。
一匹は片目の歴戦の戦士。もう一匹は若い。
若い方がしゃがれた声で言った。
「おい!人間だな、道に迷ったか?気の毒にな」
下品に笑い、ゆっくり斧を取り出す。
「ん? 全然ビビってねぇな。気をつけろよ。こういう時は――」
片目のオークが警戒したが、若い方が突撃した。
オレは飛び上がると視界から消えた。
振り返ったオークの肩に乗り、首にミスリルの短剣を光らせる。
「ここを荒らす気はない。消えろ」
「わ、わかった!落ち着け!」
……だがオークは投げた斧でオレのバランスを崩そうとした。
それでも刃は微動だにせず、首元にぴたりとあった。
「お前は何者だ?」
「オレは“竜の涙”を取りに来た者だ」
「な、竜を恐れぬ奴らか!」
頷くと、歴戦のオークが目を細める。
「竜への入り口は、まだお前達が守っているのか?」
「ああ。竜は静けさを望んでいる。
人間が山に入るのを何より嫌う」
「入れてもらおうか」
「竜は門を開けるのをお許しにならぬ」
オレは袋から“骨髄の蜜焼き”を取り出した。
オーク達の目が光る。
「明日、山に入れてもらおう。その時これをやる」
若いオークは涎を垂らし、歴戦の方も食欲に負けた。
交渉成立。彼らは森の奥に帰って行った。
――明日は忙しくなりそうだ。
火を消し、木に登って横たわる。
薬草団子を齧りながら、竜の山を見上げる。
流行り病、領主の争い、物資の不足……
村の未来を思うと、心がざわつく。
その時、山の方から雄叫び。
――竜だ。苦しそうにも聞こえる。
夢で聞いた声が、胸の奥をかすめた。
オレは目を閉じ、まどろみに落ちた。
⸻
夜が明けた。
夢の感触が生々しく残っている。
だが、考えている暇はない。
竜の山を見上げた瞬間、爆音が鳴り響いた。
鳥が一斉に飛び立つ。竜の門の方角だ。
焦げた匂い。火薬の臭い。
そこには昨日のオーク達がいた。
二度と蜜焼きを味わうことはない。
若い方は地に伏し、片目のオークは致命傷を負っていた。
――これは魔法ではない。
人間の武器……だが、こんな威力のものは知らない。
頂上を目指して駆けた。
そこには、竜がいた。
そして、人間達が竜を攻撃していた。
筒のような武器を構え、白煙を上げる。
炸裂音。竜が翼で体を覆い、炎と血が散る。
「愚かな……」
オレは呟いた。
竜の咆哮。
一瞬で全てを焼き尽くす火炎。
人間達は炭と化し、リーダーらしき男がなおも命令を叫ぶ。
――その時、頭上から唸り音。
爆発が雨のように降った。
竜は弱っていた。
オレは、蜜焼きの瓶をリーダーめがけて投げた。
割れた瓶から香りが広がり、森の奥から咆哮が返る。
ロックウルフだ。
狼たちが襲いかかり、戦場は阿鼻叫喚に包まれた。
その隙に、竜は火炎を放ち、全てを灰にした。
――大地が揺れた。
竜は深傷を負い、倒れた。
オレは近づき、声をかけた。
「大丈夫か?」
(待っていたぞ……)
竜の声が頭に響く。
(奴らは、この世界に攻めて来た。
お前に託す……風を呼び戻せ)
「風を……?」
(時間がない。これをやろう)
輝く石が浮かぶ。「竜の涙」だった。
(風を探せ……)
眩い光。体が引き上げられる。
――気づくと、見知らぬ場所に倒れていた。
夜のように明るい空。
硬い地面。
光の林が続く。
「ここは……どこだ?」
魔法ではない。
何か、自然の理をねじ曲げた光。
この灯りは、調和を恐ろしく乱している。
自然の乱れは、自らに返ってくる。
そう知りながら、オレは光へと足を踏み出したーー。
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