第16話 盆

「朝だってのに、熱いし蝉はうるせーし」




草刈りをしながら老爺が呟いている。小さな草の芽もつまみ取り、土をほじくっては根こそぎにしている。




「こんなもんか」


バケツの底が見える程度の雑草を、ゴミ捨て場に放り込み、水場で濯ぐと、一杯に満たして戻ってくる。




「そりゃ毎日水を掛けてりゃ、草も育つわな」




老爺は独りごちながら、全体を濯ぎ、水を打ち、最後に上から優しく流していく。蝋燭、線香に火をつけ。手を合わせると目を閉じる。何も言わない。しばらくして目を開き、じっと見つめた後、バケツに道具を放り込み、前かごに入れると、自転車にまたがる。ギシギシと坂を下っていく。




「Gさん。今日のお祭り行くでしょう。」


いつものばばあが言ってくる。そういえば回覧板に書いてあったな。地区の子どもたちのために出店を出すとかなんとか。適当に書いたので忘れてた。


「会場の設営は若い人たちがしてくれるから、私たちは夕方3時に集合ですよ」


「そうでした、そうでした。うっかり忘れてましたよ。何の担当でしたっけ?」


「確かGさんは、射的の担当でしたよ。来てからずっと射的ですよ。鉄砲好きなの」


金魚すくいは腰に来るし、綿飴なんざ作れねえ。リンゴ飴は熱いし、射的なら椅子に座って楽だと思って○をつけただけだ。まあ、やってみたら結構バタバタしていて閉口したが、他も似たようなもんだと思って、ずっと同じ事をさせてもらってる。




「ではまた後ほど」


「はいはい、しっかりしないとダメよ。ボケちゃうわよ」


いちいちうるせえな。俺ボケてんのか?まあ、年も年だししょうがねえか。




「Gさん、ここのアレンジなんですけど…」


午前に予定していた若えやつの相談に乗りつつ、画面に向かって話をする。最近の曲は細けえ所まで気にしちゃって、すげえなと感心する。抱えたギターを弾きつつ、何パターンか伝えるとあっちでも少し変化させては聞いてくる。真面目だねえ。


「8月終わりのライブ見に来てくれませんか?」


そう誘われたが、年寄りに長時間の移動はきつい、動画は見るよと伝えておいた。




防音室から出て、ガチャリと堅いノブを閉めると、開けっぱなした座敷から縁側の先の庭が見える。


ここの草も抜かねえとなあ。蚊柱が立ってやがる。

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