プロローグ

黄金の瞳を刻まれた巨大な石板。その石版。

【陽性型避雷磁気物体(Lightning Arrester plus)】

…通称【La+(ラプラス)】


とある大学の研究室。

その部屋に在るのは、白衣を着た二人の人物。そして黄金色の瞳が刻まれた石板。


白衣を着た男性が、隣に立つ女性に向って、問いを投げかけた。

「君は『ラプラスの悪魔』という言葉を聞いたことがあるかい?」

「はい。確か…。」

女性はしばらく思案し、言葉を返す。


「『全ての物質の完全な状態を把握できる存在がいるとすれば、その存在は例え過去でも未来でも、完全な再現が可能』とかいう…有名な思考実験の一つですよね?」


「その通りだ。ドイツの学者・エミール・デュ・ボワ=レーモンが1812年、確率の解析的理論の一環として学会に提唱した理論『ラプラスの悪魔』。」


「『もしもある瞬間における全ての物質の力学的状態と力を知ることができ、かつ、もしもそれらのデータを解析できるだけの能力の知性が存在するとすれば、この知性にとって不確実なことは何もなくなり…』」


そして。

「『その目には未来も、過去同様に、全て見えているであろう』」



「小夜(さよ)くん。私はね…。」

「はい。柚神(ゆがみ)教授。」

柚神と呼ばれた男性は、実験室内に鎮座する巨大な石板に眼を向ける。

「私は、この黄金の瞳に、それを見た気がするのだよ。」

そう小夜と呼ばれた女性に告げる。


その石板は、高さおよそ8m。幅5mの長方形をしている。

それはいわゆる黄金比(対比1:⒈618)と呼ばれるサイズであった。


そして、石板の中央部には、『眼』があった。

実際に石板に眼球があるわけでは無い。

正確には、眼の形をした彫刻が刻まれているのだ。


その瞳の形をしたレリーフは仄(ほの)かに白金色の光を発している。

黄金の瞳。

研究室では、その石板に刻まれたレリーフをそう呼んでいた。


柚神教授は言葉を続ける。

「『ラプラスの悪魔。それは、分子原子に留まらず全ての力の流れすらも見通す絶対的な観測により、過去の動きを全て網羅し、さらに未来をも知る存在。」

「…『ラプラスの悪魔』とは未来を知る存在なのですか?」


「そうだ。世界に存在する全ての原子の位置と運動量を知ることができるような『知性』が存在すると仮定した時、その『知性』は、これらの原子の時間発展を計算することができるだろう。よってその先の世界がどのようになるかを完全に知ることができる。故に、その存在の目には、未来も過去も全てが見通せるのだ。」

「未来も過去も見通せる知性…。」

「そう。それが、『ラプラスの悪魔』。」


「その、…悪魔と呼ばれる知性が、この石板とどう関係しているんですか?」

小夜が教授に問う。

「ああ。父が長年に渡り研究してきた、石板。微細な電位を帯びていることから、父はこの物体を【陽性型避雷磁気物体(Lightning Arrester plus)】…通称【La+(ラプラス)】と名付けた。」

「【La+】…。」


「そして私は、ある一つの可能性に気付いた。」

「【La+】の可能性?」


「もし仮に『ラプラスの悪魔』の持つ絶対の観察眼を持って、完全な計算の上で、望む『時間』で、更にその『場』を完璧に再現できるとすれば…。」


「…柚神教授?」


「…人間は、時の因果の向こう側に辿り着けるかもしれない…。」


「時の因果の向こう側…。それって…。」


「うむ。近い時期、この場所で実験を行う。その時、科学は新たな時代を迎える事になるかもしれない…。」




「あの、柚神教授…。」

「なんだね、小夜くん。」

「お願いがあります。その実験に、どうしても立ち会わせたい人がいるんです!」

「…君の願いなら、出来る限り聞いてあげたいが…。誰を連れて来たいのかな?」

「はい。紙木城冬也(かみぎしろ とうや)。私の幼馴染です。」

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