男になりたい女の子

さくとも

第1話  スカウトされる日

駅前の人だかりを避けるように歩いていた。

耳にはイヤホン、SnowManの曲を小さめに流す。

別に気分がいいわけじゃない。ただ、無音が落ち着かないだけ。


休日の街は騒がしい。

人と目が合うのは苦手だから、フードを深くかぶって視線を落とす。

それだけのはずだった。


「___ちょっと、君」


ふいに腕を掴まれたわけでもないのに、引き止められた声は不思議とやわらかかった。

年齢は20代だろうか。モデルかと思うほど整っているのに、話し方は妙に軽い。


「モデル、興味ある?」


「……ないです」


即答。

知らない人に興味を示すほど社交的じゃない。


男はそれでも笑った。


「だよね。でも君、歩き方がモデルのそれなんだよ。背筋、目線、重心。弓道でもやってた?」


思わず、瞬きした。


「……なんでわかるの」


「わかるよ。俺の仕事、そういうの見るやつだから」


男は胸ポケットから名刺を出す。

有名なモデル事務所の名前だった。CMでも雑誌でも見る。信じられないほど、大きな場所。


「俺さ、今ちょうどいい子探してる。“作られた綺麗さ”じゃなくて素で立ってるだけで絵になる子。君、そういうタイプだよ」


心が少しだけ揺れる。でも、すぐには返さない。


「私、可愛くないし」


「知ってる。可愛いとかじゃなくて強い。そのまま立ってて、目が離せないタイプ」


言われたことのない言葉だった。


「とりあえず撮らせて。5分だけ。気に入らなければそれで終わり」


逃げてもよかった。

でも___


胸の奥で、どこかで聞いたような言葉がよぎった。


  『挑んだ先にしか景色はない』


気が付いたら、私は「……5分だけ」と言っていた。

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