第8話 光
晴間さんはクヌギさんのように特に微笑みかけるでもなく、一たす一は二だろ、とでも言うような顔つきとトーンで、言葉を結ぶ。
「私たちはサークルにも部活にも入ってないし、お前の大学まで行って休み時間に無駄話することだってできんけど、たとえばこれだって青春にはなんだろ」
いつの間にか手に持っていたお箸をひょいっと動かして、晴間さんがテーブルを指した。
食べ物と包み紙と空のパックで溢れかえった、テーブルの上と横と。
「ファストフードパーティー。大人になってからしかできない、小中学生のうちはできない青春じゃん? 親も金もうるせえだろ、こういうのは」
その言い方にまたクヌギさんが何か言うんじゃないかと思ったけど、クヌギさんはまったくひっかかったようすもなしに屈託なく笑った。
「あはは、俺も子供の頃はこんなの考えたことなかったなあ。家族の目がないからこそできるよね。そうだ、あれ、この間ここでやった、夜更かしゲームトーナメントとかさ」
クヌギさんの言葉に、「ああ、あったなぁ」と晴間さんも頷く。
「一人暮らし最高だわ。私なんて、ハンバーガーにフライドポテト入れようもんなら毎度弟に殺されかけるからな。あの味音痴が」
味音痴。
私もクヌギさんも何も言えずに、ちらっと一瞬視線を交わした。
気まずい沈黙を挟んで、晴間さんががたんっとクヌギさんに突っかかる。
「なんか言えよ!」
「なんて言えばいいんだよ!」
「なんかはなんかだよ、なんか言え!」
クヌギさんと晴間さんがぎゃあぎゃあと応戦を始めた。
私はそれを見て、二人が騒ぐのを聞いていて。
ふっと。
――ああ、もしかしたら、これ。
ちょっと、楽しいかもしれない。
ふわっと、シャボン玉が生まれるみたいに、心が浮かんだ。
ぽわ、ゆら、ぽう。
ふつふつ泡が弾けて、心が染まっていく。
「あーほら、もうごちそうさまするよ! はい晴間さん、手合わせてー」
「言われなくても合わせるわ!」
なんとか晴間さんを引きはがしたクヌギさんが無理やり晴間さんを席に着かせて、よく分からない言い合いをしながら、二人は空になったお皿を前にきちんと正座する。
私も座り直して、二人と一緒に手を合わせた。
目の前にはすっかり綺麗に片付いたお皿と、大量のパックと包み紙。
あれだけの量があったのに、気づいたら全部食べ尽くしてしまっていた。
「ごちそうさまでした」
三人の声が、ぴったり重なる。丁寧に頭を下げてから、私は顔を上げた。
と、優しい笑顔でこちらを見ているクヌギさんと、ぱちっと目が合う。
「湊都さん、お腹いっぱいになった?」
「あ、はい! 美味しかったです、ありがとうございました。あ、そうだあの、お金……」
買い物のときは二人が全部お金出してくれて、私も払おうとしたら、ご飯食べ終わったあとでゆっくり割り勘すればいいから、って言われたんだ。
でも晴間さんはひらひらと手を振った。
「あー、いいよいいよ。入学祝い、大学の」
「え? ……えっ!?」
「と、入居祝いもね」
クヌギさんもその隣で、にこにこして私を見ている。
……今思いついた、というわけではなさそうだった。
「え、でも、ご飯食べたあとにって……」
「だってあの場で正直にお祝いだから奢るよって言ってたら、湊都は絶対遠慮すんだろ。先に思う存分食わせて楽しい思い出にしてから種明かしするのがいいということで、クヌギと合意した」
「それは……」
そう、かもしれない。たぶん遠慮して食い下がって払おうとしただろうし、最終的に厚意に甘えることにしたとしても、こんなに自由に好きなようには食べられなかった。
「でも、会ったばっかりなのに」
「だからこそだよ。知り合いになった記念。と、これからよろしくね、って挨拶代わりみたいなもん」
「ありがたく受け取んな、私たちは湊都に笑顔になってほしくてやったんだから。女の子の笑顔は百億の価値があるんだよ。あの美味しそうに食べてる湊都の顔だけでおつりがくるわ」
「……あ、ありがとうございます……」
クヌギさんの湯たんぽの笑顔と、晴間さんのからっとした笑顔と、二人の言葉に涙が滲みそうになる。
それでもやっぱり嬉しくて、幸せで、口元が綻んだ。
「ありがとう、ございます」
気を抜いたら泣いてしまいそうな震える声で、もう一度、心の底からお礼を言う。
……見つかるかな。
ふと、そう思った。
この二人といたら、この二人と一緒に毎日を楽しんでいたら。
ほんのちょっとだけ楽しいことが、かけ違えたボタンみたいにどんどんどんどん積み重なったら、いつか弾けて、最高に楽しくなったり――するんだろうか。
ずっと昔になくしたと思っていた青が、大人になったらもう掴めないかもって思っていた光が。
まだ遅くないかもしれない。
まだまだ捨てたもんじゃないかもしれない。
今もまだ、わくわくする気持ち、キラキラしたときめきが消えてない。
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