第13話 撃てない時のおまじない(前)
夜が深く傾いても、街の光が零れ落ちて空っぽになってしまうことはない。
エレベーターを乗り継いで行き、ようやく上層フロアへと足を踏み入れた。セントラルブロックの中層フロアへは、民間人のICタグでは降りることは出来ない。下層部分と上層部分しか存在していないのに等しい場所だ。
ここはこの国と選ばれし国民を支える屋台骨になった筈だった。
言うまでもなく今や、観光ビザで出入りする外国人富裕層たちが、住み家とする場所となってしまっている。
「ここから、迂回して北第6ブロックに向かおう」
「一燐、ここでもう一つやりたい事があるんだ」
「急いで品川区へ戻った方が、」
「私はもう来れるかどうか分からない」
話しは後にして、取り敢えず繁華街へと向かい食料を買い漁り、カラオケ付きのレンタルスペースで朝までやり過ごすこととなった。
「なんか歌ってみたら?」
「歌いたかねぇーし、いいよ」
「えーっ、そうなの。歌いそうだからカラオケ付きのにしたのに」
「はぁー 勝手に決めんなよ」
カチカチとボタンを操作している。その姿を見ていると、日常とか非日常なんて、きっと区別をしていない……。
いや、その考えが間違いなのだろうとさえ思える。
“ Holly came from Miami ~ ”
世界中の人達が混ざり過ぎて、もう全然何もかも変えなきゃ繋がらない会話になってるってのに
“ Hich-haiked her way across ~ ”
きっと明日だって、通学や通勤、習い事に献立の所為にして、いつまでも自分だけの日常にしがみつこうとしているんだろうな
いつだって無関心を装って救済と弁済を求めて享受し、いつまでも勝ち取らない、いつまでも奪い取らない
この女は電車で刺して、街中で銃を撃ち、そして夜には訳の分からない歌さ
“ She says,Hey,babe ~ ”
オレなら、勝手に連行されるか、勝手に殺されるか、勝手に売られるんだろうさ
“ Said Hey,honey ~ ”
この女は、大切なものを奪い返し、抵抗し殺し合ってでも、絶対に売られない
“ …… Doo do doo do doo do do doo…… ”
棚に並ばない様な商品なんてマトモなもんじゃない
〝だってそうだろう! やめておけって
きっと明日が来る方がいいに決まっている
その方がいつかきっと報われる
きっといつか邪馬台区で生活する日が来るはずだ
馬鹿な真似はしなくていい…… 〟
「次は一燐の番だよ、何がいい?」
「いや歌なんて歌ったことないからさ、最近のとか何も知らないし」
「家とか学校で教わったり、歌ったりしたでしょ?」
「そりゃそーだけどさ」
何かをもうセットしている。
「ジングルベルとか頭狂ってんのかッ!」
「私も一緒に歌ってあげるよ」
「サビしか知らねーし、何月だと思ってんだよ」
「ほらほら、走れそりよー、風のようにー」
〝どう考えても狂っている、…… オレは
何に線を引いてんだ?
いったい、誰が決めた空気を吸って生きてんだ
いつかじゃなくても12月は絶対来るんだからさ〟
朝方には眠ってしまっていた。目を覚ますと 湖凪 クレハが居ない。慌てて起き上がるのと同時に、扉が開いて髪が湿ってペタっと張り付いた感じで戻ってきた。
「シャワー借りられるから使うなら今、空いてると思うよ」
「あ、ああ。オレもシャワーしてくるよ」
ヨタヨタとドアを出ようとして 岬 一燐は振り返った。
「すぐ戻ってくるから、ちょっとだけ待っててよ」
「ん? 慌てなくて良いからさ、ゆっくり行ってきなよ」
シャワーに打たれて頭も冴えてきた気がする。昨日の続き、いつもの明日じゃなかった。今日がロードされている。この後、失敗するのかも知れない、でもきっと今日は正しい。
連れて行かれたいとこ姉妹の居場所を突き止めよう。
その後のことは、その時の今なのだから、その時に考えればいいだろう。
シャワーから戻ると 湖凪 クレハは、チャイでシフォンケーキを食べてニュースを見ている。当たり前のような朝の光景を見せられても驚きはしない。きっと居なくなっていた方が驚いたはず。
「もう一つ、やりたいことってなに?」
「昨日のおっさん、もう知られているよ、ほら」
室内のモニターから流れるニュースは、出入国在留管理局職員
「嘘つけよッ! 何が押収品だよ」
「恐らく、これ以上は誰にも明かされない」
「オレ達のこと、バレたかな?」
「大丈夫。それより警察の目は、押収品のICタグに向いている」
「日本海軍みたいな奴ら、、、何だっけ」
「
話しが逸れてシフォンケーキも食べ終わりそうだ。
「ところでクレハ、」
「ずっと前、母が不法滞在者として逮捕されたんだ」
「えっ、う、うん」
「母が連行された時に祖父と彼氏が襲撃したんだよ」
「祖父とクレハの彼氏で……、襲撃」
「私が11歳の時の話し。母の彼氏だよ」
「そ、そうか……、結構前なんだな」
「私の父はどこかの外国人で知らない、一燐からすれば母も外国人だよ」
その後、祖父、母親、その彼氏がどうなったかなんて、話さなくたって分かりきっている。だから『聞くから、話してよ』なんて、とても言える気はしなかった。
それは父親の岳生の事だってまともに話す気にはなれないのと同じ。
多分それは今じゃなくていい。
「入管のおっさん、李 誠実 の上司の顔を見ておきたくって」
「上司か、、、スマホとか棄てちまってるし、」
「見ればすぐ分かると思うんだ」
〝 …… だろうな、知ってるんだろ? 仇なんだろ〟
「カンだよ。女のカン、当たるんだよねー」
「オレはそういうの、あんまアテにしてないけど」
「酷いなぁ、一燐のことなんて8割くらい当てちゃえるんだからね」
それなら殆どを知られているという事になる。話し半分なら4割ってところだから、2分の1以下の正解率。あながち嘘でもない気がしてくる、YES か NO なら。
「ふーん、オレは今、」
「朝ごはんに、ホットドッグが食べたい。だよね?」
「それいいな」
「ほらね、お見通しなんだから」
コンコン ドアを叩く音がする。
「きたきた、出てみなよ」
店員が運んできたトレーに乗っているのは、ホットドッグとコーラ。アタリというより、無理矢理 YES と言わせるのに等しいやり口だ。朝食に食べたかったのは朝食だった。何が食べたいと思ったんじゃなく、『何か食べたい』それが答えだ。
「8割当たってるよ、すげーなマジで」
「うんうん。でも残りの2割が肝心なんだ」
ホットドッグを食べていると 湖凪 クレハの言う2割が、ホットドッグを食べたいってことか、朝食を食べたいってことか、どっちの事か分からなくなってくる。
けど、正直どっちにしたって損はしないし、満たされればそれで十分。
出掛ける支度は済んだ、ここに居場所はもうない。次の行き先は出入国在留管理庁本庁、今いるセントラルブロックから少し南にそれはある。
岬 一燐 は途中にあるホームセンターで工具を買って行くことにした。
「解体作業の道具を買っていく」
「あはははー、それって悪いヤツが持ってるヤツだよねー、知ってる」
「悪くなくても持ってるよ、それに何かの時に手ぶらだとな」
「そういう仕事向いてんじゃない?」
「どういう仕事だよ」
ホームセンターで30㌢の平バールと安い背抜き手袋、防塵マスクを購入した。支払いは当然、『アハマド、アル・ハシャーニ』のICタグで済ませる。コイツもついてないな。
欲しかったモノかどうかで言えば、今、欲しいモノの一つというので合っている。
つづく
*投稿話の初公開は 2025.7.3 でした……、もう12月が来てしまいました
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