第3話 囚われる事のないままで(後)
二人は連結部分を渡って次の車両のドアを開いた。
扉から登場するのに合わせて 湖凪クレハは歌い始める。
「Oh,when the saints go marching in
Oh,when the saints go marching in
Lord,how I want to be in that number
When the saints go marching in」
「何それ?」岬 一燐 が振り返って訊いた。
「聖者の行進だよ」
「誰の歌?」
「知らないけど、色んな人が歌ってるよ」
「初めて聞いたけどな」
「聖者じゃない人はこっそり歌ってるからだよ」
「何だよそれ、王様の耳がロバの耳だったみたいなヤツか?」
「大体同じだけどさ、それ歌ってる人は見たことないなー」
この車両も避難済みの
湖凪 クレハ が窓を全開にする。
「駅に着いたら扉が開く前に飛び降りて、ゲートまで走るよ」
まだ真っ黒な景色を見て「何でだよ?」って 岬 一燐が聞き返した。
「逃げる奴らの先頭を走った方がゲートを抜けられるから」
「後ろから走ってきてる奴らに銃撃犯だって指差されるだろ?」
「他の車両へ逃げてった人たちが指差して追っかけてくる? ないない」
銃撃犯を指差して大勢が追いかけてきたなら、そりゃゾンビ映画だ。車両のスピードが下がってホームが見えてきた。
「一燐、地上に上がる前にICタグは捨てろよ」
「分かってる、果てに向かって投げりゃいいんだろ」
「行くよ、一燐」声は掛けるが、見つめ合って一緒に飛び降りるなんて気の利いたことはしない。それどころか一目散にエスカレーターに向かって走り去っている。
「あはははっーーーはははーー」
大笑いで走って行くこの女は、絶対に今しか生きていないに違いない。
「滅茶苦茶だクソッ! クソだろがッ、クソが!」
電車が止まり切って、車両が一斉にゲートを開いてダービーが始まった。転けている奴もいてちょっとしたパニックで収拾がつかない。前に襲撃犯が走っているとも知らず。
湖凪 クレハ の予定通り、難なくゲートを潜り抜けたら、外への一番近い出口を目指す。そこから地上まで一気に駆け上がると、流石に息を切らせて地ベタに座り込んだ。
「はぁ、はぁはぁ、はぁー、上手く、、、はぁー、いった」
「はー、はーぁ、ふー。足、はェーな、クレハ、ふーッ」
〝いつもの汚い街、何かの匂いがする空気
もう十分だろ、もう十分なんだろ?〟
立ち上がってみると結構、脚がカクカクしている。日差しは雲行き通りで薄暗くてモヤつき、鈍い光をしている。
「何か飲もっか、一燐」
「んぁ? あぁ」
路上の自動販売機も見なくなって久しい。もう何もかもがコンクリートで出来ているんじゃないのか? そう思わせる風景。冷んやりとした乾いた風とカビ臭さで本当に滅入ってしまいそうだ。
何もかもと言うのは乱暴な言い方だ。地面がアスファルトなのは今も昔も殆どそうで変わらない。それは芝の様に雨水を染み込ませ、泥濘まない。人じゃなく車両が踏みつけるためなのはコンクリートとの些細な違いだ。
そういった意味でなら芝生もアスファルトも大差ない。生きてるって効能部分を除けば人も大差ない。あくまで
二人は近くのコンビニに立ち寄って山王にある区営住宅へと向かって歩き始めた。
「少し遠いけど歩くの平気か?」
「別に良いよ、急ぐ理由もないんでしょ」
「あぁ、まぁな。それじゃー、急がずに行くか」
歩くのは嫌いじゃない。岬 一燐 からすれば寧ろずっと歩いてばかりだ。交通機関を利用する金だって、惜しまなければいけないほど困窮していた。だから好きなワケでもない。
「約束通りに銃は貸すけど、何でバールで殴んないの?」
「そ、それは……、引き金を引けば終わるからだよ」
「殴っても終わるんじゃない?」
「一瞬で終わらせられるだろ? 罪悪感もないし」
「同じだよどっちでも あははははは」
岬 一燐 からすれば全然違った。同じだったらとっくにヤっている。もうとっくに殴っている、とっくに刺している。なんなら放火している。
そんなんじゃなかった。弾薬が2ついるのはそういう事さ。
覚悟がいるのは最初の1発だけ。最後の1発は楽になるためのもの。
17歳の少年が考える事なんて幼稚でしかない。引き金を引いて全てが解決するのなら、世界はとっくに輝いているはず。それなのに未だ貧困生活を送っている。
多民族国家に加えて多様な移民が暮らすこの国の
話しながら休み休み2時間近くは歩いただろうか。もう区営住宅の近くまで着ていた。
「バーガー食べたいんだったね、そこにバーガーキングってのがあるよ」
「バーガーの王様か。いいな、それ」
「じゃぁ行こっ」
岬 一燐 は初めてバーガーキングを訪れた。家族連れ、仲間同士、カップル、明るくて広告で見た通りの店だ。こんな日が訪れるのはもっと早くても良かったのかもしれない。
「好きなの頼みなよ」
「どれが良いんだ……、うー、野菜とか入ってるとあれだし… 」
「チーズ&チーズにしなよ」
「ああ、それで。それとコーラ」
「私はオニオンリングとジンジャにしよ」
できあがるのを待っていた。子供の頃に何かのボランティアの後でカップケーキを貰うために並んだことを思い出していた。店員に呼ばれて袋を手に取った瞬間、ワクワクしたのは同じ、いや物心がついた今の方が上だろう。
「裏に公園があったから、そこで食べよっか」
「おもっ、すげーなこれ」
「そう思ったんならキングなんだよ、それ」
公園を囲う外壁に並んで座ると早速、袋からお目当てのバーガーを取り出して食べはじめた。勢いよく食べてると、ストローを刺したコーラを手渡される。
「ありがと、ぁあ、ゴクン」
「ゆっくり食べなよ」
『こうやって過ごしていたかった』とさえ思いつかないくらい、食べるのに夢中になっていた。そんな姿を眺めている 湖凪 クレハに気の利いた言葉も思いつかない。
暫くするとジンジャエールを口にしながら、点灯し始めた街灯を見つめる 湖凪 クレハに『詰まらないのかな?』と、そんな思いも漸く込み上がってくる。
「オレに面白いことが言えるとしたら、何を言えばいい?」
「ん? こんな面白いこと言ってみてよ、ってこと?」
「うん、まぁそんな感じのこと、詰まんないのかなって思って」
「そうだなぁ、うーん、まだ詰まんないままでいいんじゃない」
「何で?」
「色んなことで失敗したらさ、1つくらい上手くいく時があって。そしたらさ、失敗したこと話しなよ、笑えるから」
何となく説教臭いことを言われた気がしたが、何故だか悪い気はしない。
晩餐も終わり、あの場所に向かう時間がきた。数分であっても先延ばしにすればするだけ、歳を食ってしまいそうだ。
目と鼻の先にある区営住宅へやって来て、6階でエレベーターを降りるとそこが最終ステージ。
「一緒に行ってあげよっか?」
「いや、ここで待ってて。大丈夫、その方が上手く終わる」
「そっか」
銃と弾薬2つを受け取った。
「引き金は軽く引けばいいからね」
「ああ、わかってる」
初めて銃に弾を込めた。腹とズボンの隙間にそれを挿して上着で隠すと歩き始めた。エレベーターからは、かなり離れた位置の扉の前で足を止める。
ポケットから鍵を取り出して横目で 湖凪 クレハを見た。
薄暗くなりはじめているのもあってか、その表情は分からない。髪の形でこっちを向いていることが辛うじて分かるくらいで丁度いい。
少し、少しだけ考えて、鍵を差し込んだ ――――
◆次回、【閉じた世界の扉から】
それは2日前に 湖凪 クレハという少女に出逢ったのが事の始まりだった。
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