第2話 囚われる事のないままで(中)
ホーム手前に設置されたゲートは、手持ちのICタグから個人情報や資産データが紐付けられ、参照と決済をバックグラウンド処理するタイプのものだ。
そこから更にエスカレーターで深く潜って行けばその先がホームだ。通路自体が大きな改札口みたいなものになっていて仕組みを認識させない。手前に警察官の詰め所が設置されているので問題があれば路線区間内で検挙される。
二人が目にしたのは国際空港の出発フロアと似た顔ぶれが溢れる光景。
「こんないっぱい人が居て…、どうなってんだか」岬 一燐 は呆れて口にした。
「どこでも変わらないよ」空き缶をダストボックスに入れた 湖凪 クレハは、柱にもたれ掛かって壁のコマーシャルを遠い目で見つめる。
もし電車の到着と出発が同義と感じるなら、この先もウンザリするほど混み合うホームで立ち往生を喰らう。だからどちらか一方で満足して下車しておけば、この先、息継ぎが出来なくても死にはしない。
ここの地下鉄は綺麗で住み易そうなのは誰だって分かってる。だからゲートとホームの間に警察官の詰め所が設置されている。警察官がどっちの住民なのかなんて真剣に考えた事はない。けれど、いつだって業務の範囲でしか機能しないって事だけは判っていた。
ここは最下層にあるホーム。この時間は電車が到着しても降りてくる人は少ない。お金と車さえあれば地上の有料道路を利用する。その方が、より安全でプライベートが守られているから富裕層はここでは見かけない。
「クレハ、そっち席があいてるよ」
「いいよ、狭いし。大丈夫だよ」
この路線の特徴は、長いトンネルが反射し続ける車内を『窓の景色』と錯覚させるところ。それと、ッダンツタン と短い効果音をひたすらにリピートさせる
「寒い」湖凪 クレハ が寄りかかってきた。だけども直ぐに反対側に揺られていってしまう。
こんな時に寄り添うのは簡単じゃない。「寒いのか?」と聞くのなんてもっと難しい。岬 一燐 にそんな真似が出来るのならきっと、裁判官の真似事なんてしてないでBBQをするために仲間集めをしてたに違いない。
インカメになりっ放しの窓ガラスは、二人の距離感を確認させてしまう。
「夜、何が食べたい?」窓ガラスを通してコンタクトを取ってきた。
「そうだな、ハンバーガーみたいなもんテイクアウトしたいなぁ」
「ん? テイクアウト? 一燐は別の場所で食べたいの?」
「店とかで食べんのがなんかね、嫌なだけ」
「うん、分かったよ」
モニター越しだと『分かっている女』になるのかもしれない。左に目をやれば同一人物はいるのだが、こっちの女はパラレルワールドみたいなもんなんだろう、きっとそうだ。
それなりに混み合ってはいても電車内に学生なんていない。それは14時だからというのが理由じゃない。それはそうと、ここにいる外国人たちはこんな時間に何をしているのだろう?
学生でもないのに電車内は教室の様に綺麗にグループで分かれて、コミュニティーを守り合っている。その中の1グループが 湖凪 クレハに目をつけるという、分かり易い出来事を起こしてしまう。
「Hey,Let me take a raid.OK」
「私はアンタのママに今乗っかってるとこなんだ」
「How much is you?」
「一燐、コイツ強そうだけど一人でやれそうかな?」
「ん? 今更ビビると思ってんのかよ」
腰裏からバールを抜き出して190近くあるブラザーに向かって『かかってこいよ』と 岬 一燐が挑発するかの様に小刻みなスイングで牽制する。
言葉が通じない奴らに小柄な少年が威嚇したって何の意味があるというのだろう。そうとしか思えないから、
鼻で笑いながらも軽くスウェーし、タイミングを計っている。小柄な少年の顔面に拳を叩き込もうと狙って。
「おそいよ」冷たく零れ落ちた声は掻き消える。
ッダンツタン ――――
至近距離から股間を撃ち、それを押さえた手にもう1発引き金を引いた。
「あいつらも同じなんだろ?」湖凪 クレハ が硬直している 岬 一燐を尻目に言うと、容赦なく
「弾を入れるから、何とかしててよ」
それだけ言って後ろに下がった湖凪 クレハ はサムピースを押し下げ、シリンダーを開くとエジェクターロッドを押し下げる。空になった薬莢を吐き出させた。
的となった一団は、撃たれた箇所を押さえて逃げる様に後退りしている。
だが、弾を込め終われば『この女は容赦なく引き金を引く』その事を、紛争だったり、スラムから逃れてきただとか、死が近い日常にいたコイツらは悟っている。
弾がカスっただけの大男が銃を奪おうと向かってきた。
「かかってこいよッ!」岬 一燐 が、大男と 湖凪 クレハの対角線上に入ってバールを振り回す。しかし、何度もこの手の奴を
相手が女だろうと強烈な右ストレートを叩きつけるために迫り来る。
吹き飛ばされた 岬 一燐だったが、大男の足にバールを引っ掛けた。
ダンッ
下腹部辺りに命中した。足に力が入っていないのは明白で不格好に腰を上げて、顔面を地面に打ちつけて
「wmmmm ah%^:::)%*]# facking 」
「お前ら、よく言うじゃん。デカいのぶっ込むって」
指を差すように突き出した腰に銃口を向けている。
「クレハッ! 止めろッ」
「それはヤリかたに文句言ってるのか? 一燐」
「弾の無駄だ」
「じゃぁ、スニッカーズでも食べて待ってるよ」
無関係な奴らは声を上げて他の車両にこぞって移っていった。車両は今や、どのシートも空席で快適なファーストクラスだ。湖凪 クレハは飛ぶ様にして深くシートに座り込み、ポケットに入れていたスニッカーズを出して袋を破った。
岬 一燐 にこの後、何が出来るかなんて見なくても想像がついてしまう。
何も出来ない ―――― だ。
「お前も食べるか?」痙攣して聞こえているとは思えない大男に向かって、剥いたバナナを見せるかの様に差し向ける。
「止めろよ、クレハ。お前、コイツに何の、」 ッダンツタン ――――
歩み寄って、一口齧って下に落とすと爪先で痙攣する大男の口元に寄せた。
「甘い物も食べさせてやれないのか?」悲しそうな目を向けられる。
どっちが合っているとかじゃない。この男は今50%だ。この瞬間に限って言うならば倫理的に『この人でなしの女』が正しいと言うのも
イライラする。何故だか分からない。岬 一燐 からすれば『こっちは我慢しているのに、この女ときたら』と怒りがこみ上げてくる。
バールをいつもの腰裏に隠すと、人でなしを真似て床のスニッカーズを口に当たる様に足で押しつけた。
何もかもだ。この女は人間のクズだ。どれもこれもだ。クソでしかない。
「一燐、そっちの二人はどうする?」
「もういい、車両を変えよう」
「ふーん、まぁいいけど」
当たり所が良かったお仲間の二人は手の平で
万国共通というのは原始的な深い所で繋がり、翻訳の必要さえないものだったりする。銃というのは体格や性格に関係なく、強さを平等に迫らせる。だからこんな華奢な少女にさえ、死の恐れを感じてしまう。
威圧や威勢など、見せびらかせてから効果を期待するのは愚かな行為だ。言葉が分からない奴と争いが嫌なら、逃げるか撃つかで回避するしかない。
つづく
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