第15話 イベリア歴622年 再起




イレーネが週末、イバンのいない時にやって来る。そして私に悪態をつくことが、彼女のルーチンワークだった。


 ある日、彼女を捕まえて「お菓子作ったけど食べる?」と歩み寄ってみた。少し警戒していたが、試作品の感想を言わせるように強引に勧めた。


「あら!美味しいじゃない(どこで買ってきたんだ)。」と疑いの目を向ける。


「イレーネはどんな料理を作るの?」と家事力を尋ねてみた。


「(長い沈黙)やれば出来る。なんせ父ちゃん料理人だし、私も器用なはず。」


「へえ、料理人…今朝作った料理があるんだけど、ちょっと味見して。私の料理のレベルを知りたいんだ。いい?」純粋に自分の腕前を知りたくて聞いてみた。


「いいけど、私も料理人の娘として味覚には自信ある。率直な感想言うけど泣かないでよ…」


 私は裏で温め直し、イレーネの前のテーブルに置いた。「どうぞ。」


「いい匂いね。彩りのバランスも見た目もいいわ。さて……はむっ、はむっ(ヤバ、美味すぎる)…はむっ(父ちゃんより美味い)…はむっ(嫌になってきた)……(長い沈黙)まあまあ食べられるレベルね。家庭なら合格よ。」


 よかった。イバンに褒められたことを報告しよう。


「そうなのか!これで自信がもてたよ。ありがとう、イレーネ。」気をよくした私は思い切って聞いてみた。


「イバンにそんなに未練があるなら、二人目の奥さんになれば?イバンに聞いてみようか?」とからかう。


「えっ……そんなの、そんなの無理に決まってるでしょ!(怒り)」


「なんだ!少しはその気になったんだ!わかるよ、イバンはイケメンだから~」


「イケメン?イケメンというより愛嬌のある顔じゃない!」と反論してきた。


「それがイケメンなんだよ。あの顔に人柄がよく表れているし……イレーネは良く分かってないね。これが妻と他人の差、愛情の差ともいうね。よーし、これから仕事だ。野良猫の相手している時間はないから、帰ってくれ。」


「キーッ……イザベルのムキムキ筋肉ドワーフの泥棒猫!(怒り)」と言って帰っていった。



▼△▼△▼△▼△



 週末、イレーネは家でお菓子を食べ、お茶を飲み、悪態をつくルーチンワークを続けていたが、それはやがて世間話に変わり、悩み相談へと変化していった。


 最近では休日に夕食まで食べに来るようになり、イバンも困惑していた。「流石に嫁入り前の娘を泊めるわけにはいかない」と体裁を整えて返しているが、本当は二人が夜に愛し合っている時に、二階にイレーネがいるのが少し恥ずかしいからなのだ。あの子は負けず嫌いで根性もあるから、今後はどうなるか分からない。野良猫が家猫になるのか?


「本当は居心地が良いのに、素直になれないんだから。」



▼△▼△▼△▼△



私は、本来の目的である通信機を作るために、二年もの空白を開けてしまった。


あのサイコパスに、時間と精神を――そして……命(子供)を……(沈黙)――削られてしまったのだ。


だからこそ、今から再スタートになる。期間で言えば、半年で完成するだろう。



 あまり考えたくはないが、こうしてたまに思い出す。結局アイツは何だったのか?分かったことは、女をコントロールできる能力があること、庭に死体を埋めていたこと、妊婦は嫌いだが女は好きだということ――それだけだ。


夜中に物音がすると、曖昧な記憶のせいで得体のしれない恐怖が蘇る。


 いずれにせよ、もうあんな目に遭うのはごめんだ。非力な私でも防衛できる装備と武器が必要だ。地球では「お助けアンドロイド・あかりちゃん」などがあったらいいけど、あれは十年じゃ無理かもしれない。作っている間にサイコパスに会ったら即、死だ。




 防衛ロボはこの時代に合わない。せめてメタルじゃなく人肌でないとね。以前は人肌タイプがあったらしいが、あまりにも人間らしくて禁止された。今は防具と武器だ。防具は軽量で物理的にシールド展開できるハイアリン・クラッド仕様のベスト(半透明の防弾ベスト)、武器は小型で長距離対応の分子崩壊を起こすSD(サイレント・ディケイ)銃――あれがいいかもしれない。アントニオに材料を仕入れてもらおう。


 通信機で何をしたいかは、まだ何も考えていない。連絡を取れた段階から変わるだろうし、こっちもあっちも未開の惑星からの通信なんて予測していないと思う。まあ、あまり深く考えず、その場その場の成り行きに任せるつもりだ。



▼△▼△▼△▼△



 私は自分で言うのも変だが、チートのお陰で鍛冶は一流だ。努力や根性で修業したわけでもなく、ただ作れる。手が勝手に動く、まるで精密機械のように。ある意味で怖い。


普段は騎士団の剣を作り、生活用品を作り、新製品の図面を売ったりしている。商品は直接は売らず、すべてアントニオに卸している。近所の気心の知れた人には卸値に色を付けて販売もするが、それだけだ。


 私の商品はよく売れるとアントニオが言っていた。それはアントニオの営業力のお陰だ。いくら私が良い物を作っても、販売が不向きな私ではここまでお金が貯まるはずがない。


人との繋がりも、技術の挑戦も、どちらも私の再起だ。

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