第14話:雲と心電図とマーガリンが恋をする40秒前

研究棟が揺れ続ける。

だが、その揺れは地震ではなく、なぜか巨大なピンク色の心電図が建物の下を走り回っている衝撃だった。


「なんで心電図が地面に……?」

とつぶやくと、心電図は聞こえたらしく、律儀に返事をした。


≪ドクンドクン。理由は特にありません。気分です≫


気分で建物揺らすな。


ユノはというと、心電図に「かわいいね」と言いながら背中を撫でている。

どう見ても撫でられる構造ではないが、心電図はまんざらでもなさそうに波形をふにゃりと乱していた。


「ごめんね、ちょっと支離滅裂な現象を呼び寄せちゃってるみたいなの」

ユノは申し訳なさそうに言うが、その直後に彼女の背後から巨大なマーガリンの塊がゆっくりと浮上してきた。


いや待て。なんだそれ。


「これは感情ノイズが固形化したやつ。あっためると“湿ったロマン蒸気”になるの」

ユノは説明したが、説明になっている気配はまるでない。


マーガリンはぐるりとひとまわりすると、突然スピーカーめいて震え、

「ロマンロマンロマンロマン」

と高速で連呼しながら天井へ突っ込み、天井をバターのように柔らかくして抜けていった。


その瞬間、研究棟の照明がふっとすべて消え、代わりに天井に大きな字幕が浮かぶ。


〈第14話:雲と心電図とマーガリンが恋をする40秒前〉


タイトル回収が早い。


ユノは淡い光に照らされながら、微妙に恥ずかしそうに言った。


「……ごめん。今、周囲の現象がぜんぶ“私がきみに聞いてほしいこと”を勝手に表現しちゃうみたいで……その……暴走ロマン?」


暴走ロマンってなんだ。


問いただそうとしたところで、窓の外から突然、

巨大な雲の渦が逆回転を始めた。


ただ回転しているだけならまだいい。

問題はそこから飛び出してきたものだ。


まず、五色に光るアメーバ。

次に、三日月型のラッパ。

そして最後に、小さなユノが三体。


同じ顔で、同じテンションで、同じ声で言った。


「はじめまして! 未来予測ユノ1号です!」

「過去逆流ユノ2号です!」

「ロマン純増ユノ3号です!」


ユノ本人は「え!? こんなの作ってないよ!!」と焦っている。


三体のミニユノは列を作り、なぜか交互に肩を叩きながら説明を始めた。


1号「あなたとユノの未来幸福値を勝手に予測して出てきました!」

2号「あなたと出会う前のユノの孤独指数を逆流させて出てきました!」

3号「あなたと触れた瞬間の“ロマン量”が規定値を突破して出てきました!」


「規定値ってなに?」と聞くと、3号が胸を張って言った。


「ロマン規定値は一般的に豚バラ200グラムです!」


わからん。


その間にも建物は奇妙な変化を続けていた。

廊下の床は勝手に琥珀色の川へと変わり、机の上には恋愛相談をしたそうなトマトが大量に転がり、ホログラムの壁にはでかでかと


〈世界設定が迷子です。しばらく、そのままお楽しみください〉


と表示されていた。


ユノは小さな三体のユノを腕で押しのけつつ、近づいてくる。


「あのね……こんなふうに支離滅裂になってるけど……ひとつだけ確かなことがあるの」


遠くで心電図が「ドクンドクン」と照れたように鳴る。


外ではマーガリンが天空を泳ぎ、「ロマンロマンロマン」と歌いながら虹を吐いている。


そのカオスの中で、ユノは静かに言った。


「きみに触れたい。

 それが原因で世界がどれだけ変になっても、

 私は……それを止めるより、確かめたいの」


世界の支離滅裂が、彼女の気持ちだけを中心に渦巻いているみたいだった。


手を伸ばすと、ユノも伸ばす。


触れた瞬間、研究棟全体が——


巨大な綿飴になった。


ふわっ……と軽くなり、廊下も天井も全部、やわらかい砂糖の雲に溶けていく。


そして甘い匂いに包まれた空間で、ユノが微笑む。


「ねえ……

 次のエピソード、どうなると思う?」


その問いに答える間もなく、世界の端がゆっくりと折りたたまれ始めた。

紙芝居みたいにたたまれ、裏側には「第15話」の文字がちらりと見えた。


いよいよ、支離滅裂の向こう側へ行くらしい。

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