第5章 学院試験と裏切りの影1

 朝霧の中、鐘の音が王都の空に響いた。

 王立魔術学院——。

 そこは、王国で最も権威ある学び舎であり、同時に“勇者の力”の継承を担う聖域でもある。


 「これが……王都一の学院、か」

 ライルは見上げた。

 大理石の尖塔、魔力の流れる紋章、そして試験を待つ数百人の受験者たち。

 彼の隣には、白衣をまとったミナがいた。


 「緊張してる?」

 「……少しな。師匠の名を背負って、ここに立つのは簡単じゃない」

 ミナは小さく笑った。

 「でも、あなたはすでに“勇者の弟子”じゃないわ。自分の力でここまで来た」

 「そうだな……。でも、あの日、師匠の声を聞いたあとから——どうも胸騒ぎがしてならない」


 ミナは表情を曇らせた。

 「封印の残滓のこと?」

 「うん。あれを壊したとき、確かに“何か”が目を覚ました気がした」


 学院の塔の鐘が二度鳴った。

 試験開始の合図。


* * *


 学院の中庭に設置された試験場は、巨大な魔法陣で囲まれていた。

 魔力の風が渦巻き、受験者たちがそれぞれの位置に立つ。


 試験監督を務めるのは、王立魔術学院副院長にして、王家直属の魔導師セラフィード

 白銀の髪、透徹した琥珀の瞳。

 その姿は神聖ですらあった。


 「——これより、“勇者適性試験”を開始する」

 彼女の声は澄み渡り、全員の鼓膜に直接響く。


 「今回の試験は、個人の魔力量や制御ではなく、“魂の共鳴度”を測定する。

  この儀式陣に触れ、自らの信念を示せ。光が共鳴すれば、資格を認めよう」


 (魂の共鳴度……つまり、“勇者の資質”を測る試験か)

 ライルは心の中で呟きながら、一歩前に進んだ。


 ミナが小声で囁く。

 「気をつけて。この儀式陣……ただの適性試験じゃない。構造が複雑すぎる」

 「分かってる。たぶん、裏がある」


 彼はゆっくりと、魔法陣の中央に手を置いた。

 瞬間——。


 眩い光が走り、空気が震えた。

 ライルの中の何かが反応する。

 師アルディスの記憶、封印の残滓、そして青い結晶の鼓動。


 《勇者の魂、確認——》

 冷たい声が頭の奥で響いた。


 次の瞬間、魔法陣が狂ったように光を放ち、試験場全体を覆った。

 他の受験者たちが悲鳴を上げる。


 「な、なんだこれ!?」「魔力が吸われてる!」


 ライルの周囲だけ、光が異常に濃くなっていく。

 魔法陣の中心から、金色の紋章が浮かび上がる。

 それは、かつて師アルディスが持っていた“勇者印”そのものだった。


 「勇者印が……再現された……? まさか、ライルが——」

 ミナが息を呑む。


 光が収まると、静寂が訪れた。

 セラフィードがゆっくりと歩み寄る。

 その表情は、微笑を浮かべているようで、どこか冷たい。


 「……合格だ。君の魂は、確かに“勇者”の系譜にある」

 「俺の……?」

 「だが、不思議だね。あなたの魂からは、もうひとつ別の波動を感じる」


 セラフィードの瞳が、淡く紅く光った。

 「——封印の残滓、ね」


 ライルの胸が凍りつく。

 「……どうしてそれを」

 「あなたが触れた《禁呪の洞窟》は、王家の管理下にある聖域。

  そこで封印を破った者がいれば、当然、こちらにも“兆候”が届くのよ」


 その言葉に、ミナが一歩前に出た。

 「あなたたち……最初から彼を監視していたのね」

 セラフィードは微笑を深めた。

 「監視、というより観察よ。封印の力が復活すれば、それは“王の力”の再興を意味するから」


 ライルの握る拳が震えた。

 「王の力……それが、お前たちの目的か」

 「ええ。そして、そのためには——“勇者の継承者”が必要」


 魔力の風が渦を巻く。

 セラフィードの背後に、複数の魔導兵が姿を現した。

 全員が、王家の紋章を刻んだ黒い仮面をつけている。


 「君の力を、王に献上してもらうわ。……抵抗は、許さない」


 その瞬間、魔法陣が再び光を放つ。

 ライルの足元から鎖のような魔力が伸び、全身を拘束した。


 「くっ……!」

 ミナが叫ぶ。

 「ライル!!」

 「動くな、ミナ! こいつら、本気だ……!」


 セラフィードが手を上げると、空中に水晶球が浮かび上がった。

 そこには、王家の紋章とともに一人の男の顔が映し出される。

 荘厳な衣をまとった若き国王——アルノス・リーデル王。


 「勇者アルディスの弟子、ライル。王国はお前の力を歓迎する」

 「……歓迎?」

 「そうだ。お前には“第二の封印”を完成させてもらう」


 ライルは目を見開いた。

 「また封印を……!? 師匠が命を懸けて止めたものを、今さら——!」

 「それが、世界を安定させる唯一の方法だ」

 国王の声は、まるで正義を宣告するように澄んでいた。


 だがライルの胸の奥で、青い結晶が脈打った。

 《また同じ過ちを繰り返すのか》

 師の声が、心の底から囁く。


 「……そんな世界、間違ってる」

 「何だと?」

 「“犠牲の上に安定を築く”なんて、それは勇者のすることじゃない!」


 セラフィードの表情が冷たく固まった。

 「やはり、あなたも“師”と同じ道を選ぶのね」

 「師と同じ? 違う——俺は、師を超える!」


 ライルは叫び、魔力の鎖を断ち切った。

 青白い光が弾け、周囲の陣式が崩壊する。


 「ミナ、走れ!」

 「う、うん!」


 二人は試験場を駆け抜け、学院の裏門へと飛び出した。

 背後で、セラフィードの冷たい声が響く。

 「逃がさないわ。——封印を、解放して」


 次の瞬間、学院全体が震えた。

 地下から、何か巨大な魔力の波動が湧き上がる。

 王都の空に、黒い霧が広がっていった。


 ライルは立ち止まり、振り返る。

 「これは……封印の反応!? まさか、もう——!」


 ミナが息を呑んだ。

 「学院そのものが、封印装置に……!」


 王都の空が赤く染まり、雷鳴が響く。

 「——これが“勇者の試験”の本当の意味よ」

 セラフィードの声が風に混じって聞こえた。


 ライルの胸の中で、青い結晶が脈動する。

 (師匠……俺は、この運命を断ち切る!)

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