第4章 師の記憶と真実3

 轟音が、地下全体を震わせた。

 光と闇がぶつかり、石壁がひび割れる。

 ライルの剣が、黒い残滓の刃と火花を散らした。


 「はぁっ……!」

 光剣ルシフェルが唸りを上げる。

 だが、黒い影はまるで自分の動きを真似るかのように、同じ剣筋で反撃してきた。


 ミナが後方で防御結界を張る。

 「ライル! あれ、完全にあなたの動きをコピーしてる!」

 「いや——あれは“師匠自身”だ!」


 影の剣が閃く。

 ライルは間一髪で受け流した。だが衝撃波で体が吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。

 肺の奥から、鉄の味がこみ上げた。


 《何故、ここに来た》

 声が響く。

 それは確かに、アルディスの声だった。だが温かみのない、記録の残響のような声。


 「……俺は、あなたの真実を知るために来た」

 《真実など不要だ。世界は“嘘”によって保たれている》

 「それでも、俺は知りたい! あなたが何を守ろうとしたのか!」


 残滓が再び襲いかかる。

 その刃には憎しみも怒りもない。

 ただ、“己の使命”としての攻撃。


 (これは……封印を守るための、自動防衛機構か!)

 ライルは考える間もなく、床を蹴って距離を取る。


 「ミナ! 封印の核はどこにある!?」

 「石碑の下層部! あの残滓を抑えてる間に、魔力を逆流させて——!」

 「分かった、任せろ!」


 ライルは再び前へ。

 剣を交えるたび、残滓の輪郭がわずかに揺らぐ。

 その一瞬、彼の脳裏に映像が流れ込んだ。


 ——戦場。

 ——燃え上がる空。

 ——膝をついたアルディスの前で、仲間たちが倒れていく。


 《……私のせいで、みんなが……》

 《それでも、君は勇者だ》

 《勇者? 違う。私はただ、逃げたくなかっただけだ》


 断片的な記憶が、ライルの胸を締め付けた。

 (これが、師匠の“心の残滓”……!)


 《なぜ見る》

 「あなたが、俺に見せてるんだ!」

 《違う。……お前が望んでいるのだ、勇者アルディスを》


 残滓の剣が閃き、光が弾ける。

 刃が交わるたび、二つの魂が共鳴した。


 ライルは叫んだ。

 「師匠! 俺はあなたの“理想”なんて継ぎたくない! でも、あなたが見た“痛み”は、俺が受け継ぐ!」


 その瞬間、ルシフェルが眩く光を放つ。

 封印の陣が割れ、残滓の影が苦悶の声を上げた。


 《やめろ……! それを破れば、封印は崩壊する!》

 「俺が“選ぶ”!」

 ライルの叫びとともに、光が炸裂した。


* * *


 ——静寂。

 気づけば、闇は消えていた。

 ライルは剣を地面に突き立て、荒い息を吐く。


 ミナが駆け寄った。

 「ライル! 無事!?」

 「……ああ。封印は……壊れてない」


 視線の先に、崩れた石碑があった。

 その破片の中で、一つの青い結晶が光を放っている。

 まるで、心臓の鼓動のように。


 《……見つけたな》


 柔らかな声が響いた。

 そこには、幻影のようにアルディスが立っていた。

 穏やかで、かつての姿のままだった。


 「師匠……」

 《お前は、私の“罪”を見た。それでも、私を師と呼ぶか?》

 ライルは静かに頷いた。

 「あなたは世界を救った。でも、それ以上に“誰かを失った”人だ。……それを俺は、理解したいと思う」


 アルディスは微笑んだ。

 《ならば、お前はもう私を超えている》


 「超えてなんかいない! 俺はまだ——」

 《いいか、ライル。真実とは、人を救うためにあるものではない。だが、“それを見ようとする心”こそが、勇者の証だ》


 幻影がゆっくりと光に溶けていく。

 《封印の力を完全に失うな。お前にはまだ、見届けるべきものがある》


 「師匠——!」

 ライルが叫ぶ。

 だが、光は静かに消えた。


 ミナがその場で膝をつき、祈るように目を閉じた。

 「……これが、勇者の真実」

 「いや、違う」

 ライルは青い結晶を手に取った。

 「これは“人の願い”だ。世界を守りたいと願った人間の、最後の形だ」


* * *


 地上に出ると、夜明けの光が王都を照らしていた。

 街は静まり返り、朝靄が屋根を包む。


 ミナが隣で小さく息をついた。

 「これから、どうするの?」

 「封印の力が不安定だ。放っておけば、再び暴走する。……その原因を断たなきゃならない」


 「どこへ?」

 ライルは空を見上げた。

 北の地平線の先、薄く霞む山々。

 その中央に、古代神殿ヴァルハリアが眠っている。


 「師匠が最後に向かおうとしていた場所だ。封印の原点が、そこにある」


 ミナは頷き、手を差し出した。

 「一人じゃ行かせない。だって、私はあなたの“弟子の弟子”なんだから」


 ライルは苦笑して、その手を取った。

 「じゃあ、行こう。師匠の続きを見に」


 東の空に、朝日が昇り始めた。

 その光が、二人の影を長く伸ばしていく。

 そして、王都の地下では——

 崩れた封印石の奥に、微かに赤い光が灯っていた。


 それは、眠れる“災厄”の目覚めを告げるものだった。

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