断章 正義の在処(2)

夜が訪れた。

森の闇は深く、屋敷は巨大な墓標のように不気味に静まり返っている。


リュークは、気配を断つ術式を展開していた。音もなく外壁を登り、狙いを定めた二階の窓辺へと張り付く。


──警備の魔術はない。いや、必要ないのか?


あのような化け物が主だ。小細工など不要ということか。リュークは窓の鍵を魔術で解錠し、音もなく室内へと滑り込んだ。


そこは、天蓋付きの豪奢なベッドが置かれた、広い客室だった。柔らかなランプの灯り。毛足のの絨毯。アンティークの家具。

そして、巨大なベッドの上で本を読んでいた少女──サクが、侵入者の気配に気づき、顔を上げた。


「え?」


大きな琥珀色の瞳が、驚きに見開かれる。リュークは素早くベッドサイドに駆け寄り、声を上げる隙を与えず、人差し指を口元に当てた。


「しっ、騒ぐな」


リュークはフードを脱ぎ、自身の顔を晒した。安心させるためだ。自分は敵ではないと。


「王都の魔術師だ。お前を助けに来た」


サクは、ぽかんとリュークを見つめた。恐怖に震えているわけでも、助けを求めて泣きつくわけでもない。ただ、困惑している。


「……助け?」


「そうだ。もう大丈夫、今まで生きた心地がしなかっただろう」


リュークはサクの細い手を取った。冷たい手だった。だが、傷ひとつなく美しい。一瞬、違和感が胸をよぎる。


囚われの身にしては、身なりが良すぎる。部屋も、与えられている服も、最高級品だ。だが、リュークはそれを化け物の悪趣味な愛玩だと断じ、思考を振り払った。


「話は後だ。さあ、行くぞ。結界の薄い場所はわかってる」


リュークがサクの手を引き、窓の方へ連れ出そうとした、その時だった。


「……」


抵抗があった。サクが、その場から動こうとしない。逆に、リュークの手を振り解こうと力を込めている。リュークは焦った。


「何をしている!時間がないんだぞ!」


「わ。わたしは、どこにも行きません」


サクの小さな、しかしはっきりと意思を示す声。リュークは愕然として振り返った。洗脳されているのか?恐怖で動けないのか?


「何を言って……」


リュークが言い募ろうとした瞬間。サクの視線が、リュークの背後──開け放たれた窓の向こうへ向けられる。


「……動かないで」


サクが、リュークに顔を近づけて囁いた。


「刺激しないで……」


リュークの背筋に、怖気が走った。


本能が、振り返るなと叫んでいる。だが、身体が勝手に動いた。    


ギギギ……と、錆びついた首を回すように、ゆっくりと背後を確認する。


「────ヒッ」


喉の奥から、情けない音が漏れた。


窓の外。


月明かりさえ届かない漆黒の闇の中に、それはいた。


巨大な嘴。濡れたコールタールのような黒い羽毛。そして、爛々と輝く二つの金色の眼球。


巨大な怪鳥。ノクスだった。彼は音もなく窓辺に張り付き、侵入者であるリュークを、その鋭い嘴で今まさに食らい尽くそうと狙いを定めていたのだ。


何より恐ろしいのは、その魔力量。リュークが今まで倒した魔物の中で、どんなに手こずったものでもここまで莫大な魔力量の魔物はいなかった。つまり、とんでもない化け物だ。


──あ、あ……


リュークの身体が硬直する。魔術? 詠唱? 間に合うはずがない。あの嘴が突き出されれば、自分は一瞬で肉塊になる。絶対的な「死」が、鼻先数センチまで迫っていた。


ノクスの喉が、ゴロロ……と殺意に鳴った。金色の瞳が細められる。捕食の合図だ。


「──ノクス!」


少女の死の沈黙を裂いた。サクだった。彼女は、震えるリュークを庇うように、怪物の前に立ちはだかった。


「だめ。やめて」


サクは、見上げるほど巨大な怪物に対し、一歩も引かずに言い放った。まるで、悪戯をした子どもを叱るかのように。


すると。今にも襲いかかろうとしていたノクスが、ピタリと動きを止めた。


彼は不満げに「ギィッ」と一度鳴くと、サクの眼差しに気圧されたように、ゆっくりと首を引っ込めたのだ。


「……は……?」


リュークは、我が目を疑った。あの凶悪な魔獣が、この少女の言葉に従った?

サクは安堵の息を吐くと、へたり込んだリュークに向き直り、その手を優しく取った。


「……逃げてください」


静かで、しかし拒絶の響きを持つ声。


「見つからないうちに。……早く」


「な、なぜだ……!」


リュークは、震える声で絞り出した。正義感が、理解不能な現実に悲鳴を上げている。


「あんな化け物がいるんだぞ!それに、この屋敷の主……!あれは、とんでもなく恐ろしい魔物だ……!昔、村を襲った…!」


一緒に逃げなければ、君もいずれ殺される。そう言いたかった。だが、サクは静かに首を横に振った。


「大丈夫です。コルヴァンさんは、村を襲ったりしません」


「な、なぜ言い切れる! 奴は化け物だぞ!」


「……だって」


サクは、少しだけ遠い目をした。


「あの時…やめてくれましたから」


「……は?」


「大丈夫です。…大丈夫。だから、あなたは逃げてください」


リュークの思考が停止した。

やめてくれた? あの、視線を向けられただけで心臓が止まりそうになる、絶対的な怪物が? この、か細い少女の…おそらくは…単なる、静止で?


その瞬間リュークの脳内で、全てのパズルのピースが、最悪の形で組み上がった。

村に男がいない理由。魔女の館の噂りそして、この少女だけが、五体満足で、美しく着飾られてここにいる。


「きみは囚われているんじゃなくて…あの化け物を…飼い慣らしている?」


「え?」


サクが戸惑った声をあげるが、リュークは戦慄していた。この少女は、守られるべき被害者ではなく、このか細い腕で世界の終わりそのものを、かろうじてこの小さな鳥かごの中に繋ぎ止めている、唯一無二の枷なのだと思った。


もし、自分の正義にしたがって、彼女をここから連れ出していたら、枷を失った怪物は、どうなっていたのだろうか。


──村が、終わる?


いや、国ごと滅んでいたかもしれない。自分がやろうとしていたことは、救済ではなく、封印の破壊だったのだ。


「……あっ、あぁ……」


「あの?」


リュークは、後ずさった。サクが心配そうに声をかける。ここは、人が足を踏み入れていい場所ではなかった。


リュークは、何も言えずに窓枠を乗り越えた。振り返ることもできず、逃げるように、一目散に闇の中へと飛び去っていく。


自身の「正義」が、あまりにも無力で、浅はかなものであったことを噛み締めながら。



書斎の闇の中で、コルヴァンは閉じていた瞳をゆっくりと開いた。


「取るに足らぬ、羽虫だったな」


うっそりと呟く。

窓の外で、あの若き魔術師の必死に逃げ惑う気配が、急速に遠ざかっていく。


「ピ…」


廊下の隅にある止まり木の上で、一羽の白い鳥——ルミが、その小さな身体をぷるぷる震わせていた。


サクの身に起きた異常事態を感じ取り、コルヴァンに報せにきたのだ。しかしおぞましい空気を垂れ流すコルヴァンに近付くことができず、ただ不安げに佇んでいる。

コルヴァンは、その臆病で、しかしひたすらに主人案じる哀れな白い小鳥に微笑んだ。機嫌が良さそうにルミを持ち上げ(ルミはか細く断末魔のような声をあげた)、自身の指へのせる。


「聞いたか、ルミよ」


彼の昏い金色の瞳が、楽しげに細められた。指に乗せた白い怪鳥をゆっくりと、弄ぶように揺らす。


「化け物を飼い慣らしている、などと」


コルヴァンは喉の奥で、くつくつと音を立てて笑った。


「無礼な塵だ」


自然と、あの忌まわしい雷雨の早朝を思い出す。

主人の死を思い出し、人間への憎悪を募らせたあの瞬間。コルヴァンは本気で、村を、国を、世界を焼き払ってやろうと。暴れ狂う衝動にまかせてそう思っていた。

その時の、サクの絶望に濡れた瞳。「やめて」と縋り付いた、あのか細い声。


あの瞬間、コルヴァンの中で、破壊衝動よりも遥かに巨大で、どうしようもない欲望が勝った。


──この手に、縛り付けたい。


もしあそこで暴れ、全てを灰にしていれば、彼女は壊れていただろう。  だが、彼女の願いを聞き入れ、踏みとどまれば。彼女は思うだろう。「自分が止めたのだ」と。「自分がここにいなければ、この怪物はまた暴れ出すかもしれない」と。

責任感。恐怖。そして安堵。それら全てが、この小娘をこの屋敷に、己の腕の中に、永遠に縫い止めるための鎖になる。


破壊の快楽など、一瞬のこと。意思を伴わない束縛は、いずれ綻ぶか、対象が崩れる。それよりも、この愛しい小鳥が自らの意志で「ここから動かない」と決めること。コルヴァンという怪物を鎮められるのは自分だけだと、その身に刻み込むこと。

その方が、遥かに甘美で、永続的な愉悦な幸福を得ることができる。


「フ……フフ……」


コルヴァンは再び声を殺して笑った。


──そうだ。わたくしはあの時、村を滅ぼすことよりも、あこ小娘を逃げられない檻に閉じ込めることを選んだ。ここは永遠の檻。彼女はわたくしだけの、永遠の番。


『わたしは、どこにもいきません』


あの羽虫にそう言い放った時の、凛とした瞳。コルヴァン以外の全てのものを拒絶し、怪物を恐れるどころか、自らその檻に鍵をかけた、その健気な姿。コルヴァンの望み通り、サクは愛らしく囀ってみせた。


「……さて」


コルヴァンはゆっくりと歩き始めた。その動きに、指の上のルミがびくりとさらに身を縮こませる。


「愛らしい囀りを聞かせてくれた…良い子には。特別な褒美を、与えねばなるまい」


その金色の瞳に、昏く、そしてどこまでも甘い独占欲の光を宿し。コルヴァンはサクの待つ鳥籠へと向かうべく、その一歩を静かに踏み出した。  彼の頭の中には、もう侵入者の存在など欠片も残ってはいない。ただ、これから与える「褒美」に、あの小鳥がどんな美しい音色で啼いてくれるのか。その甘美な期待だけで満たされていた。



リュークが森の闇へと消えていく。サクは窓からその背を見送りながら──手が、ふるふると震えていた。緊張で。恐怖で。なぜなら。


──どうにかして、誤魔化さないと。あの子が、殺される!


じきにコルヴァンが来る。彼が、彼女に気付いていないはずがない。あの絶対的な魔物が、自分の巣を荒らした侵入者を許すはずがない。


──どうすれば。わたしに何ができる?時間を稼がないと。ほんの少しでも。


「ねぇ、ノクス…!協力してくれない…?」


窓際でカシカシと毛繕いをするノクスに助けを求めてみたが。ノクスはサクを一瞥し、バサリと美しい艶のある黒翼を広げ。


窓の外へ、ふわりと飛んでいってしまった。部屋に冷たい風が吹き抜ける。


「裏切りもの…!」


サクは涙ぐんで彼を罵った。

もう、仕方がない。自分が直接、コルヴァンを見張る。見張っていたところで、コルヴァンが行動を起こそうとした時に、自分になにができるんだろうという恐怖を押し殺し、部屋の扉に向かった。


サクが震える廊下へ踏み出した。その時。階下の書斎の扉がゆっくりと開く音がした。


ほどなく闇の中からコルヴァンが音もなく姿を現す。


その顔には何の感情も浮かんでいない。それが逆に嵐の前の静けさのようで、サクの心臓を凍りつかせた。


──き、来た……!


サクは意を決した。恐怖で引きつりそうになる顔に、必死に笑顔を貼り付ける。


「あ、コルヴァンさん!こんばんはっ」


できるだけ明るく。いつも通りに。と思うあまり、うわずった、普段よりもだいぶおかしな調子の声が出てしまったが、もう引き返せない。


「今日はお庭の黒薔薇がいつもより綺麗に咲いていました! 雨が降ったからでしょうか? それともコルヴァンさんが、何か特別な魔法を……?」


コルヴァンは何も言わなかった。ただその金色の瞳で、じっと彼女を見つめているだけだった。獲物の最後の足掻きを観察するかのような、冷たい、冷たい眼差し。サクの背筋を冷たい汗が伝う。


「あ、あの、夕食は……!き、今日はシチューでしょうか?わわわたし、お手伝いできることがあったら何でも……!」


言葉がさらに上ずる。必死に意味のない言葉を紡ぎ、沈黙を埋めようとする。しかし彼はまったく乗ってこない。ただ黙って見ているだけ。その沈黙がサクの心をひたすら圧迫し、追い込んでいく。


「あっ、もしかして、何かお読みになっていましたか?!難しい魔術の本とか……?わたしには全然分かりませんが、コルヴァンさんが読んでいると、なんだか、その、とても素敵だなって……あ、あはは、コルヴァンさんは、今日もきれいですね…!」


もう何を言っているのか自分でも分からなかった。サクの瞳にじわりと涙が滲んだ。笑顔が引きつって歪んでいく。声が震える。


そのサクの心が完全に折れる寸前。コルヴァンはやっとその口を開いた。


「茶番は終わりか?」


その地を這うような低い声。サクの最後の虚勢が、粉々に砕け散った。


「ひっ……」


コルヴァンはゆっくりとサクの前にその巨大な身体を屈めた。そして涙で濡れた頬を、まるで面白いものでも見るかのようにそっと撫でた。


「あの羽虫を逃がすための、必死の芝居。実に愉快な見せ物ですな」


サクは呆然としていた。


──全部、わかってたんだ。


自分のあまりにも浅はかな考えも、必死の演技も、全てこの美しい化け物の掌の上で踊らされていたに過ぎなかったのだ。


「主はひとつ、勘違いをなさっている」


彼の金色の瞳が楽しげに細められた。絶望するサクが、はっと顔をあげる。


「わたくしは、あの羽虫を追うつもりなど毛頭ありませぬ…なぜなら」


彼はサクの耳元で、悪魔のように優しく囁いた。


「今、わたくしの目の前には、もっと魅力的な獲物が、こうして自ら啼いてくれているのですからな」


彼は凍りつくサクの身体を軽々と抱き上げた。


「さあ主よ。あなたの健気な囀りへの、褒美を差し上げましょう」


サクは戸惑って、やけに機嫌が良さそうなコルヴァンを見つめた。


「お…怒ってないんですか?」


「怒る?一体何に」


コルヴァンは抱き上げたサクに頬を寄せ、心から幸福そうに言った。


「どうでも良い。あなたがいれば、他はどうでも」



枝が頬を打ち、泥がブーツに絡みつく。リュークは、一度も振り返ることなく、無様に森を駆け抜けた。


肺が焼き切れそうなほど呼吸が荒い。

だが、走るのを止められない。背後の闇から、あの黄金の瞳が──あるいは巨大な黒い怪鳥が、今にも追いすがってきて、自分を貪り食うのではないかという恐怖がある。


脳裏に焼き付いているのは、怪物の恐ろしさではない。怪物を前にして一歩も引かなかった少女の姿だ。


『あの時……やめてくれましたから』


あの一言が、リュークの胸に重い鉛のように沈殿していた。


村の男たちを食い殺した化け物が、少女の言葉一つで殺戮を止めた。それはつまり、あの少女こそが、この地域の安全を担保している唯一の安全装置だということではないだろうか。

もし、リュークが正義を振りかざし、無理やりにでも彼女を連れ出していたら? 枷を失った怪物は狂乱し、今度こそ村を、いや国ごと地図から消し去っていたのでは。


どれほど走っただろう。木々が少なくなり、目の前に村の灯りが見えた時、リュークはやっとその場にへたり込んだ。


静かな夜の村。質素な家の窓から漏れる灯りが、今はとても脆く、儚いものに見えた。この平穏は、森の奥の屋敷で、たった一人の少女が化け物に身を委ねていることで守られている砂上の楼閣に思えた。


「……おねえちゃん?」


不意に声をかけられた。ビクリと肩を震わせて顔を上げると、昼間に話を聞いた泥だらけの少年が、建物の陰から心配そうにこちらを見ていた。


「……少年…まだ、起きていたのか」


リュークは震える手で乱れた金髪をかき上げ、平静を装って立ち上がった。少年は、リュークの青ざめた顔と、泥だらけのローブを見て、おずおずと尋ねた。


「おねえちゃん、森に行ったの?」


「……ああ」


「化け物は? ……悪いやつ、退治できた?」


少年の純粋な瞳が、リュークを射抜く。期待と、不安の混じった目。

リュークは、握る手に力を込めた。喉の奥まで、「化け物はいた」という言葉が出かかった。あそこには、世界を滅ぼしかねない怪物がいる。今すぐ軍を動かし、討伐隊を編成すべきだ──と。


だが、彼女の脳裏に、少女の微笑みがよぎる。


『わたしは…どこにもいきません』


もし軍を呼べば、あの少女はどうなる。彼女は「人質」ではなく、「共犯者」と見なされるかもしれない。あるいは、討伐の巻き添えになって死ぬか。  いずれにせよ、あの屋敷の平穏は壊れ、怪物は解き放たれる。


リュークは、奥歯を噛み締めた。そして、魔術師としての誇りと正義感を、苦い胃液と共に飲み込んだ。


「……いいや」


リュークは、少年の頭に手を置き、静かに嘘をついた。


「何も、いなかったよ」


「え?」


「ただの、古い空き家だった。化け物なんて、どこにもいなかった」


少年はきょとんとしている。


「でも、父ちゃんが……」


「見間違いだろう。……だが、あそこは空気が悪い。崩れかけていて危険だ。だから、二度と近づくんじゃないぞ。村の皆にも、そう伝えてくれ」


リュークはそれだけ言うと、硬い足取りで歩き出した。


「おねえちゃん、どこ行くの?」


「……帰る」


振り返らずに答える。


「ここには、私の出番も……正義の出番も、ないようだ」


リュークは村を出て、夜の街道を進んだ。背後の森を見上げることはしなかった。


あの深い霧の向こう。

黒い屋敷の中で、今もあの少女は、美しい化け物の腕に抱かれているのだろうか。あるいは、あの巨大な怪鳥に餌でもやるように、優しく微笑んでいるのだろうか。


──幸せ、なのか?


ふと、そんな疑問が浮かんだ。囚われ、自由を奪われ、人ではないものに愛される人生。それは客観的に見れば悲劇だ。地獄だ。


だが、リュークに「逃げて」と告げた時の少女の瞳には、迷いも、恐怖もなかった。そこにあったのは、深い愛情と、覚悟。


──余計なお世話、だったのかもしれない。


リュークは自嘲気味に笑い、夜風に吹かれた。この世には、光の当たる「正義」では決して救えない、深く昏い「愛」の形があるのかもしれない。


彼女は二度と、この森を訪れることはなかった。


ただ、遠い空の下で、あの名も知らぬ少女が、どうかあの化け物に食い殺されることなく、その歪な鳥籠の中で、一日でも長く生きていてくれることを。それだけを、密かに祈り続けた。


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