断章 羽化を願う


その夜の交わりは、いつもよりずっと激しかった。

コルヴァンはサクの身体の奥深くまで、何度もその冷たい魔力を注ぎ込んだ。サクは快感の奔流の中で、意識を失うように眠りに落ちた。


夜半過ぎ。

サクは身体の内側から焼き尽くされるような、凄まじい熱と痛みで目を覚ました。


「…っ、は…ぁ…っ、あつ、い…!」


息ができない。身体が、コルヴァンの魔力を受け入れきれず、拒絶反応を起こしているのだ。


まるで、高熱に浮かされたように、全身が震え、冷たい汗が噴き出す。

物音に気づいたコルヴァンが、彼女の部屋に現れる。


「…主よ?」


コルヴァンは、その金色の瞳を見開いた。


ベッドの上で、シーツを掻きむしり、苦痛に喘ぐサクの姿。

その、か弱く無防備で、何より自分の魔力によって苦しめられているという倒錯的な光景。

コルヴァンの喉が無意識にゴクリと鳴った。

純粋な魔族としての、野蛮な欲望が満たされていくのを感じる。


だから彼はベッドサイドに腰掛け、興奮を隠そうともせず、その様子を見つめていた。


しかしサクの呼吸が次第に浅く弱々しくなっていくのを見て、彼の表情から、嗜虐的な愉悦がすう、と消えた。


──昨晩、注ぎすぎたか。


彼は、小さく舌打ちをする。強く美しく作り替えようとしているのに、壊してしまっては、元も子もない。


…コルヴァンは、サクの身体から魔力を少し抜くべきだと考えた。その身を離そうとする。


その瞬間だった。


サクが熱に浮かされた虚ろな瞳のまま、彼の右手に、まるで赤子のように縋りついてきた。


「…コルヴァン、さん…いかないで…」


愚かな彼女は、自分を苦しめている元凶こそが、唯一の救いであると錯覚していた。


「ここに、いて…だいすき、なんです…」


熱に浮かされ、普段は口にできない正直な気持ちを吐露してしまう。あまりにも無垢で、愛らしい様だった。


コルヴァンの理性が、音を立てて砕け散りそうだった。もう、良いかとすら思えてしまった。


──嗚呼、サク……


壊してしまう。


──今、この娘に触れれば、今度こそ、この脆い器は、わたくしの力に耐えきれずに、砕け散ってしまう。


分かっている。分かっているのに。


──…この小娘。これ以上、わたくしを誘惑するな…!


彼は、心の内で悪態をつく。サクに掴まれた右手は彼女の熱に焼かれ、動かせない。

だから彼は、空いていた左手を強く握りしめた。ミシリ、と骨が軋むほどの力で。


そして、その左腕を持ち上げると、サクに囚われている右腕に深く突き立てた。


ブスリ、と肉を抉る鈍い音。


彼の美しく仕立てられた燕尾服の袖が、じわりと黒く濡れていく。


傷口から、黒く、粘り気のある血が一滴、ぽたり、と床に落ちた。


腕を貫く、痛み。


その鋭い痛み。それは彼の脳を支配しかけていた、蕩しかけていた、サクへの狂おしい欲望を、ほんの一瞬だけ上回った。


「…っ!」


コルヴァンは、獣のような短い呼気を漏らすと、その一瞬の隙をついて、サクの指を自分の右手から引き剥がした。


彼はベッドから数歩、後ずさる。その顔は、いつもの傲慢な余裕などどこにもなかった。


額には汗が浮かび、呼吸は荒い。そしてサクに触れられていた右手は、まるで熱病に罹ったかのように微かに震えている。


彼は小さく息を吐く。サクが小さく、自分を呼ぶ声が聞こえる。


その夜コルヴァンは生まれて初めて、自らの無限の欲望を自傷という痛みをもって、必死に自制するという地獄のような苦しみを味わうことになった。


ただ、願うしかなかった。早く、早くこの器が作り直され、強く美しく羽化し、自分の魔力をどこまで受けても壊れずに。ただ甘い声をあげて、全てを飲み干す成鳥となることを。

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