ACT.15 ブラインドアタック対策

 和食さいとうの奥で、作戦会議が始まった。


「戸沢って……無灯火で走るんですよね? どう対策すれば……」


「そうだな。暗闇は奴の土俵だ。こちらが“見失わない方法”を作らないとどうにもならん」


「じゃあ、どんな作戦なら通じる?」


 場の空気が沈む。

 そのとき。


「……エンジン音を消してみるのはどうだべ?」


 クマさんが突拍子もなく言った。


「いや無理やろ!!」


 川さんが即座にツッコむ。


「RB26積んだ180SXが静かに走れるわけないって。あれは“爆音で殴る車”だぞ。エコカーの真逆だからな」


 智姉さんもあっさり同意した。


「うむ。あれを静かにしろっていうのは、熊久保、お前に黙って喋れって言うくらい無茶だ」


「うるせぇべ!」


(……どうしよう。対策、今夜中に見つけないと)


 ……結局、何も決まらないまま夕方になった。


 店はすでに閉まり、リビングだけ灯りがついていた。

 パジャマ代わりの作務衣姿で、おれと智姉さんはラジオを聞いていた。


『……地面すれすれを投げ、土煙と保護色でボールが“消えて見える”――消える魔球です』


 その一言で、おれの脳に電撃が走る。


「それだ!! 煙だよ! ドリフトの白煙で姿を隠すんだ!」


 しかし——。


「今のお前の覚醒技じゃ、その芸は使えん」


「……あっ」


 せっかく思いついた作戦が崩れ落ちた。


「じゃ、じゃあ……気配を消すのはどうですか?」


「それも訓練が要る。簡単ではないな」


 姿を隠せないなら、気配だけでも隠すしかない。


「暗いけど……今からやってきます!」


「気をつけろよ。事故るな」


 作務衣のままワンエイティに乗り込む。

 夜の赤城へ向かって走り出した。


「——<臨戦態勢>!」


 集中と自制を極限まで高める覚醒技。

 気配を消すつもりだった。


 だが――前を走るS15はおれに気づき、きっちりブロックしてくる。


「くそっ……気配ゼロのつもりなのに、全部読まれる……!」


 第1高速区間でもダメ。

 ハンマーヘッドヘアピンでも読まれる。


 最後はパワーでS15を抜いたが、目的の“気配遮断”は完全に失敗だ。


(どうすれば……できるんだよ……)


 その後数台と走ってみたが全滅。

 深夜0時、ようやく帰宅した。


「ただいま、智姉さん……」


「おかえり。どうだった?」


「……ダメでした」


「残念だな。でも、明日は本番だろ? 朝も練習するんだよな」


「はい。作務衣のまま行きます」


「じゃ、私も付き合う。応援してやる」


「本当ですか!?」


 胸の重さが少し軽くなった。


 朝6時。赤城の空が淡く色づく。

 おれと六荒は作務衣姿のまま走り始めていた。


「——<臨戦態勢>!」


 だが六荒にも読まれる。


「……できない!」


 そのとき、R35の音が近づく。智姉さんだ。


 いつものパジャマではなく、黒タイツにセーター姿。


「苦戦してるな」


「……はい」


「スモークで隠す技な。昔あったんだ。名前は《スケルトン・アタック》。だが今の覚醒技仕様だと使えん」


「じゃあ、どうするんですか?」


「代わりの技を見せる。ワンエイティに乗れ」


 走り出すと、背後から“気配ゼロ”のR35が亡霊のように迫ってきた。


 ブレーキ音も存在感もなく、ただ影のように——。


「なっ……!」


小山田疾風流幽霊群馬! ——気配を消して、影のように抜く技だ」


 音より先に姿を消し、気づけばアウトから抜いてくる。


(……なにこれ……!)


 二度目の進入も完全に読めない。

 まるで気配のない生き物だ。


「すごい……!」


 胸に火が灯った。


(絶対に……あれを自分のものにしてみせる!)


 昼、作務衣から疾風Tシャツに着替え、黒タイツを履いて気分を変える。

 仲間がテーブルに集まり、作戦会議が始まった。


 クマさんが腕を組み、言い切る。


「サキさんは先行で行くべ! 序盤は回転数落として走って、後半で本気出す。FFは熱ダレしやすいから、タイヤが死んで勝手に遅くなるべ!」


「おお、いい作戦だ」


「うちも賛成や!」


 だが智姉さんが眉をひそめる。


「熊久保。前と同じ作戦だと、相手が対策してくるぞ」


 空気が止まる。


「……ダメなんだ、クマさん……」


 タカさんが肩を落とす。


「この作戦なら勝てると思ったんだけどな……」


 クマさんの表情に影が落ちる。


 そのとき。


「戸沢がライトを消すのは“後攻のときだけ”だ」


 智姉さんがひとこと。


 全員の視線が向く。


「先行だと前が見えなくて危険だからな。相手の光を頼りにするために、後攻だけライトを消す」


「……それだ!」


「今回は後攻を狙います! 大詰めで抜きにかかる!」


 作戦が決まった。


 ――視点:WHITE.U.F.O(戸沢)


 午後6時。前橋のレストラン。

 WHITE.U.F.Oのメンバーがテーブルを囲む。


「……今日、ちょっと嫌な予感がする」


 戸沢がぼそりと言う。


「何だよ急に」


「大崎翔子……あいつのオーラ、異常だ。赤城の怪物・雨原芽来夜に匹敵する」


 重い沈黙。


「でもやるしかない。新参に負けたらチームの汚点だ」


 皆がうなずいた。


 ――視点:ギャラリー(雨原・サクラ)


 午後10時45分。赤城山はギャラリーで埋まっていた。


 雨原芽来夜と葛西サクラも五連ヘアピンに立つ。


「ここで決まるな」


「おう」


 彼らの視線は、まだ来ぬワンエイティを待っている。


 ――視点:ギャラリー(ヒマワリ・モミジ)


 黄緑のSW20とオレンジのアルテッツァが静かに停止する。


「着いたぜ……イィーネ」


「ここなら全部見えるね」


 二人は予測を語り合う。


「ワンエイティは後攻を取ると思う」


「賢いな、モミジ」


 赤城山の駐車場に、2台の車が音もなく停まった。車のドアが開き、2人の女性が降り立つ。その姿はまるで異世界から来たかのように、静かな美しさを放っていた。

 100クレスタと110マークIIが並ぶ。


「教え子のバトル……楽しみだな!」


「私が育てたんだ。期待している」


「覚醒技は進化する。あの子はやれる」


 WHITE.U.F.Oの車列。

 DC5が帰還する。


「……待つだけだな」


 無線が鳴る。


『赤い車を先頭に6台が登っています!』


「来たか……」


 10分後、ワンエイティを先頭に6台が滑り込んだ。


 クマさんが前に出る。


「戸沢龍! 今度はサキさんが行くべ! 倍返しだべ!」


「You head、ボロンしてみいや!」


(タカさんと川さんの斎藤一ごっこ)


 しかし戸沢は冷たく言い放つ。


「残念だ。お前らに興味はない」


 視線はおれだけに注がれていた。


「待たせたね、戸沢龍——ライトを消す前に、君の背中を見せてよ」


 ワンエイティのドアを閉め、シートに収まる。


 DC5と180SXが並ぶ。


「カウントするべ!」


 クマさんの手が上がる。


「5! 4! 3! 2! 1――GOッ!!」


 白煙。

 獣の咆哮。

 闇を裂く赤と白。


 こうして——赤城と榛名のダウンヒル対決が幕を開けた。


TheNextLap

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