第2章 夜の儀式
夜の帳が降りるころ、
蘇鴉寺の屋根をなでるように風が吹いた。
昼の熱は消え、灯籠の火が息を吸うように明滅する。
静けさが、音よりも重く寺を満たしていた。
本堂の戸は半ば開かれたまま。
夕の名残が畳を斜めに染め、
ついたばかりの灯籠の火が、古いレコードプレイヤーの金属面にかすかな光を返す。
針が、そっと落ちる。
チリ……チリ……
……ブチッ。
♪ 夕焼け小焼けで 日がくれて
♪ 山のお寺の 鐘がなる……
蝋燭が揺れ、壁に影がひとつ映る。
その影は棺の方へとゆっくり歩いていく。
木の床がきしみ、息のような音が空気に混ざった。
何かが棺の上に置かれた。
やわらかな音。
すぐに――ぽたり。
黒いものが木に滲む。
♪ お手々つないで みな帰ろう(プツッ)
♪ 烏といっしょに(プツッ)
烏といっしょに――ざざ……ざざざ……。
風が吹き込み、針が勝手に動き出す。
蝋燭が明滅し、炎の影が壁を這う。
♪ ……かえりましょ……かえりましょ……かえりましょ……
その声がだんだん人の声のように変わっていく。
男のような、女のような、
遠くの誰かが囁きながら笑っているような――。
「……かえりましょ……」
「……かえりましょ……」
「……いっしょに……
「……カえリまシょ……」
音がゆがみ、回転数が狂う。
低くなり、高くなり、
まるで生き物の呼吸のように、レコードが脈打つ。
外で烏が鳴いた。
その声が合図のように、本堂の柱が軋む。
仏具の金がかすかに震え、空気が波を打った。
影がゆっくりと振り返る。
蝋燭の火が顔を照らそうとする。
その瞬間、風が吹き込み、炎が横に流れ――
プツッ。
真っ暗。
闇の中で、針が跳ねる音だけが残る。
……カチ……カチ……カチ……。
外の森がざわめき始めた。
まるで誰かが、その奥で呼吸を始めたように。
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