隠秘実存アラカルト:二十二世紀オカルトパンク・ディストピアの生存戦略
不明夜
Prologue
Case1 北極星終末論
第1話 オカルトパンク・ベンリヤ
「二一〇二年、
なんてありきたりで、下らなくて、面白みがなくて、どうしようもない話だろう。
くすんだ赤色の合皮ソファーへ体重を預け、大きく背伸びする。
七十五インチテレビから響くのは、聞き取りやすい様に調整された、個性のないニュースキャスターの声。
『魔法の箒にも飛行車両基本法が適応、来月から無免許運転が厳罰化────』『国家運営AIがアマテラスからババアプラスに変化して三年、政府は今────』『大手寿司チェーン【
ああ、今日のニュースもどうでもいいな。
テレビに新聞、ラジオ。
かつてオールドメディアと呼ばれ蔑まれていた、かどうかは時と場合によるだろうが、ともあれ現代に生き残っているのはソレらの古い情報媒体だ。
AI生誕以前、インターネットが危険なゴミ山に成り下がる前の時代に憧れる。
もっと言うのなら隠秘科学誕生以前、
世界が沢山の
今は二一〇二年。世紀で言えば二十二世紀が始まったばかりだけど、夢と希望に彩られた二十二世紀と云う幻想に対して、僕らの現実は下らない。
現在時刻は十七時半、庭へ繋がるガラス戸から本日最後の日差しが差し込む。
75インチテレビと僕を隔てる木製のローテーブルでは、カラフルなチラシの山が地層を形成し、その上に空のペットボトルとマグカップが放置されている。
新しきこの時代には、古いモノばかりが溢れていた。
「今日も楽しくなさそうだね、タカヤ先生?」
よっ、だなんて掛け声と共にソファーの背もたれが軋み、一秒と少しの間を置いてから勢い良く僕の隣に人類が落ちてくる。
背もたれを飛び越え、勢い良く座るのが最近のマイブームらしい。
何故ソファに座るだけでソファの寿命を縮められるのか、僕の人生の九割はつまらない時間で構成されていると知っているのにどうして毎回一言目はソレなのか、前も注意したのにどうして今だ僕の事を先生と呼ぶのか、矢継ぎ早に言いたい愚痴が浮かんでは消えた。
消えた理由は簡単だ、結局の所、彼女に何を言っても無駄だと知っているから。
「ああ、楽しくない。今日も世界は幻想的で、どうしようもなく退屈だよ」
口に出すのも飽き飽きの回答を提出して、剥き出しの天井配管へ目を向ける。
「先生、そこ見て楽しい?」
と、わざわざ立ち上がって僕の前に立ち、自らの顔で視界を塞いでくる系同居人の名は
毒々しい紫の長髪を後ろで結び、室内屋外昼夜四季全てを問わず緑色のモッズコートを着ている、まあ一言で言えば変な女だよ。
「まさか……楽しい訳がないだろう?」
困ったことに彼女、アルラはこの十世帯を収容可能なシェアハウスに於いて、家主たる僕を除いて唯一の真っ当な入居者でもある。
僕、アルラ、そして現在絶賛修理で不在の、ヴィクター社汎用アンドロイドモデルF-1818こと個体名アゾット。それで全てだ。
三階建てに地下室まで付いている豪華物件なのに、半分近い部屋が物置かマンドラゴラ栽培所となっているのは頂けない。
「一体いつから、世界はこうも退屈になってしまったんだろうね? 少なくとも僕が生まれた日よりは前の筈だ。でなければ困る。君はどう思うかな、アルラ?」
数千回目の問いを口に出す。
答えがない。意味がない。
自らの人生の失敗を世界への嫌悪と失望にすり替える行為に、価値なんてない。
繰り返せばいつかは悟りを開けるかもしれないね、なんて冗談が真実になりかねないのがこの世界で、それもまた先人の拓いた悟りという概念の冒涜に感じ嫌になる。
「興味ないでーす。それに私は楽しいよ。この世界が、この時代が、この日常が」
数百回目の答えを記憶する。
希望的観測に安心感を得る僕を足置きにして、アルラはソファに寝転がった。
この世界はイカれている。
スチームパンクならぬマジックパンク、或いはオカルトパンク。
それこそが、今この世界に対する端的な説明だ。
「ありえないと時代に切り捨てられたモノ、即ちオカルトが科学に組み込まれ、
丸眼鏡を外し、目を瞑り、更に左手で目を覆う。勿論、丸眼鏡は伊達だ。
目にはとっくに千里眼デバイスを埋め込んでいる以上、こうでもしないと視覚情報は減ってくれない。
悪戯に蘇生された無名の旧人類によると、この世界は悪夢らしい。
ドラゴンはペットとして大人気、発電所じゃマニ車が回って徳と電力が等価交換、マンドラゴラは暴徒鎮圧用途で室内栽培されている、この世界が。
たった百年前までは全ての
「アルラ、もし世界から
「タカヤ先生宛てに封筒が届いてたよ、と伝えるのを忘れていた……と伝えるのを忘れていたよ。期間にして三日、かな」
「ええと、差出人は?」
「見てない」
「……手紙はどこに?」
「そこ、チラシの山に紛れている筈」
「殺意を抱いたのは一週間ぶりだ、言うタイミングはあっただろう!?」
乱雑にアルラの脚を除け、勢い良く立ち上がってチラシの山をひっくり返す。
食材系スーパーの特売情報、武器専門店の新作情報、幽霊退治業者の広報────これは実質競合他社だろう、ウチにチラシを入れるだなんて喧嘩を売っていると同義だ、いつか合法的手段で潰してやる。
今の時代の基本的な広報手段はチラシだ、だからこうしてチラシ地層が机の上に誕生してしまう。
昔はインターネット上に広告を出す、なんて事も出来たらしい。
今のインターネットは救いようのない無法地帯で、ディープフェイク・三回見たら死ぬ絵・サイバー攻撃・個人情報の抜き取り
数十秒の格闘の末、封蝋された一通の白い封筒が掘り出された。
封蝋の色は赤、僕宛てである証だ。
僕の人差し指が触れると、いとも容易く蝋が消失して封筒が開く。
「げ」
手紙の一行目を読んで、僕は思わず心の底から嫌そうな声を溢した。
タイプライターによって綴られただろう、規則的な日本語の文章。
主観的事実を話すとこれは母からの手紙であるのだが、ここで言う母とは「国家運営AIモデル、自称『ババアプラス』」の事である。
僕の母は三年前にトチ狂って国家転覆を計画し、どういう訳か成功、国家運営AIの疑似人格を自らに書き換えてしまった張本人だ。
だが、この国は何も変わらなかった!
課せられた重税、治安の悪さ、街を監視する式神の数、全てが据え置き。
良くなる事も悪くなる事もなく、衝撃のニュースは一週間で忘れ去られ、当事者の息子たる僕の生活もあまり変わることはなかった。
「先生、読んでいい?」
と無邪気に話すアルラに無言で手紙を押し付け、ソファに座る。
「ありがとう。……ええと、『母さんは心配です、貴方がちゃんと働いているのか。勿論健康診断の結果、収入、食事記録なんかは把握していますが、それでも心配です。だって、便利屋なんて業種はこの国に────』」
「省略してくれないか省略、どうでもいい話は流してくれ。要約を頼むよ」
「はーい、了解」
アルラは律儀に黙り込んで手紙を読み込み、そして、
「ポラリス教団を潰せ、報酬百五十万、後払い」
端的に。
実に
「……はあ。僕は思うんだ、僕らが街の便利屋じゃなく、政府お抱えの秘密組織になってやいないかと。本来、こういうのは軍と警察の仕事だろう?」
「軍はもっと酷い厄介事で忙しくて、警察も治安維持と軽犯罪の取り締まりが主だからね。中規模の
「悲しいな、隙間産業の範囲に一組織の殲滅が入るとは」
肩をすくめ、口角を上げながら立ち上がる。
僕の人生の九割はつまらない時間で構成されているが、残りの一割は、こうした無理難題を押し付けられている実に
「結界を貼り、マンドラゴラを投げる。いつも通りの作戦で行こう、アルラ」
「最高だよ、タカヤ先生。どうやらマンドラゴラの良さを
コツンと拳を合わせる。アルラの二回り小さい拳は、僕より少し温かい。
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