炎帝の真意と、アステルの「格下」論
兄の真意と弟の懸念
アステルの執務室。ライルは、炎帝ヴォルカンからの決闘の申し出を断り、さらに彼を「格下」と断じた兄の行動に、大きな不安を覚えていた。
「兄さん! 炎帝の挑戦を断るのはまだしも、なぜあんな挑発を? 彼は王都の次期国王候補ですよ。彼を敵に回すのは得策ではありません!」
ライルの懸念は当然だった。ヴォルカンは、力を背景に王都の権威を象徴する存在だ。彼を公然と侮辱することは、アステルの立場を危うくしかねない。
アステルは、先ほどエレナ戦で使った杖を磨きながら、いつもの穏やかな表情で答えた。
「ライル。君は、僕がなぜヴォルカンを『格下』と呼んだと思う?」
「それは……兄さんの無属性魔法が、属性の相性に関係なく全てを無効化できるから、ですか?」
「それもある。だが、本質ではないよ」
アステルは、研ぎ澄まされた光を放つ瞳でライルを見つめた。
「ヴォルカンの強さは、『権威』と『自尊心』によって成り立っている。彼にとって、自分の炎属性が最強であること、そして自分より上が存在しないことこそが、魔法使いとしての全てだ。もしそれが崩れれば、彼の心は脆く崩れる」
「エレナは、僕の力を純粋な『技術』として評価し、負けを認めた。だが、ヴォルカンは違う。彼は、僕が彼より強いと認めることを、彼のプライドが絶対に許さない」
炎帝の弱点と「格下」の定義
アステルは、ヴォルカンの魔法の強さではなく、彼の精神的な構造を「格下」と断じたのだ。
「彼は最強の炎魔法を操るが、その力は『自分の地位を守るため』と『家訓を守るため』にしか使われない。つまり、彼の力は常に『自分自身』という枠に囚われている」
アステルは、杖の先に静かな魔力を灯した。
「対して、僕の無属性魔法の奥義は、『絶対付与』この力は、誰かのため、特に君のために使う時、最大の効果を発揮する。僕の魔法の強さは、『他者への愛』という無限のエネルギーを源にしている」
アステルは、ライルの持つ価値観を引き合いに出した。
「君は魔法が使えないのに、自分の持つ知識を惜しみなく世に還元し、多くの人の生活を豊かにした。それは、『他者への奉仕』の精神だ。力を使えない君の方が、力に溺れ、自分にしか使えないヴォルカンよりも、人間として遥かに格上だ」
「だから、魔法を権威と自尊心のためにしか使えないヴォルカンは、僕の目指す魔法使いとしては、圧倒的な格下なんだよ」
究極の「裏目標」の仕上げ
アステルは、ヴォルカンを刺激した真の目的を明かした。それは、依然として弟の株を上げることだった。
「ヴォルカンは、僕が公に彼を侮辱したことで、必ずまた決闘を申し込んでくるだろう。しかも今度は、僕の『哲学』を無視した形で、君を人質に取るような手段を使ってくるかもしれない」
「ですが、もしそうなれば、兄さんが……」
「問題ない」アステルはライルの言葉を遮った。「彼が君を脅迫し、僕が受けて立つ展開こそが、僕の最後の計画だ」
アステルは、静かに、しかし冷徹な戦略家の顔になった。
「エレナとの決闘で、僕の『無属性魔法の強さ』は証明された。だが、王都の人間はまだ、僕を『内向きの変人』だと見ている。真に権威を持つヴォルカンを打ち破らなければ、僕の力はただの『相性が良い異端』で終わってしまう」
「そして何より、僕がヴォルカンを打倒すれば、世間は考えるだろう。『最弱の魔帝』を倒せない炎帝より、その『最弱の魔帝の弟』のほうが、よほど世の中に影響力のある革命家ではないか、とね」
アステルの狙いは、ヴォルカンの権威を地に落とし、その空いた穴に、自身の力を借りずに世の価値を変えたライルという存在の価値を、ねじ込むことだった。
「もしヴォルカンが君を脅してきたら、僕は容赦なく『絶対付与』の真の力を彼にぶつける。それは彼の魔法を、彼の肉体そのものを蝕む究極の破壊となるだろう。君を守るためなら、僕は『凶器を使わない』という哲学すら、一瞬だけ捨て去る覚悟だ」
アステルは優しく微笑んだ。その笑顔の裏には、世界を揺るがすほどの覚悟が秘められていた。
アステルの深謀遠慮が明らかになり、炎帝ヴォルカンとの再度の衝突が避けられないものとなりました。
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