炎帝の焦燥と、究極の「格下」認定
天変地異の傍観者
アステルとエレナの激闘は、人知れず岩山地帯で行われた。しかし、その圧倒的な魔力の衝突と雷の消失は、遠くの住民には大規模な天変地異としてしか認識されなかった。
ただ一人、その全貌を把握していた人物がいる。炎属性の魔帝、ヴォルカン・フレイムハルト、通称「炎帝」である。彼は五大魔帝の筆頭にして、「魔帝の中の魔帝」「最強の魔法使い」とまで呼ばれる存在だった。
炎属性は、全ての魔法属性の起源であり、最も強力な力だと信じられてきた。ヴォルカンの自尊心は、その揺るぎない信念によって築かれていた。
しかし、ヴォルカンが目の当たりにしたのは、自らの信念を揺るがす光景だった。エレナの絶対的な雷撃が、アステルの地味な無属性魔法によって、まるで手品のように無効化され、反転させられたのだ。
(まさか……あの無属性が、雷の魔力構造を解体したというのか? 炎の起源たる我々の属性すら、あの異端な『無』の前には……)
ヴォルカンは、自分の炎属性こそが全ての始まりだと信じてきたが、アステルの無属性魔法は、全ての属性の「構造そのもの」に干渉できるという点で、彼の炎属性よりも根本的な存在に見えた。
恐怖と焦りが、ヴォルカンの胸を焼いた。
雷の魔帝からの決定打
決闘の後、ヴォルカンはエレナを呼び出した。彼女の敗北は明らかだったが、エレナの顔にはいつもの苛立ちではなく、戦慄とある種の達成感が混ざった複雑な表情が浮かんでいた。
「エレナ。アステルとの決闘で何を感じた」
ヴォルカンは威厳を保ちながら尋ねたが、その声は僅かに震えていた。
エレナは目を細め、不敵に笑った。
「言っただろう、ヴォルカン。あいつは最強だった。私の雷は、あいつの『操作』の前には、ただの火花にもならなかった」
そして、エレナはヴォルカンの自尊心を木端微塵にする一言を放った。
「悪いが、炎帝。あの無属性の魔帝は、アンタより上だと思うぜ。アンタの炎じゃ、あいつの防御を崩すこともできねぇだろうよ」
ヴォルカンは絶句した。彼は代々、王都を支配する次期国王候補としての血筋にあり、「自分より上が存在してはならない」と家訓で教えられてきた。その家訓こそが、彼の圧倒的な実力と自尊心の源だった。
「この私が……アステルごときに、格下だと……?」
もしこの事実が公になれば、王都の次期国王という彼の名誉に泥が塗られる。彼の全てが崩壊する。ヴォルカンは何としても、アステルを打ち破り、自らの「最強」の地位を証明する必要があった。
炎帝の決闘申し込み
数日後、ヴォルカンは正式な使者を立て、アステルに王都の闘技場での公開決闘を申し込んだ。彼は、世間の嘲笑に晒されているアステルを倒すことで、名誉を回復するつもりだった。
アステルの執務室に届いた、王家の紋章が入った厳かな挑戦状。ライルは顔色を変えた。
「兄さん、これは…!」
アステルは、挑戦状を軽く手に取り、内容を一瞥すると、すぐに紙を折り畳んだ。そして使者に、一言だけ返答を託した。
その返答を受け取ったヴォルカンは、王宮の玉座の間で待機していた。彼の周りの大臣や近衛兵たちは、魔帝同士の決闘という事態に息を詰めている。
使者が、畏れながらもアステルの言葉を伝えた。
「第六の魔帝アステル様よりの返答にございます……『潔く断る』、とのことでございます」
玉座の間に、ざわめきが広がった。魔帝同士の決闘を断るなど、前代未聞だった。しかし、その後に続くアステルの言葉が、ヴォルカンの怒りを頂点にまで突き上げた。
使者は、震える声で続けた。
「また、アステル様は『ヴォルカン様は、僕の格下だ。その相手をする暇はない』と……」
瞬間、ヴォルカンの纏う炎の魔力が暴走した。玉座の間の大理石の床がヒビ割れ、空気が焦げ付く。
「格下だと!?」
ヴォルカンは激昂した。エレナに言われた格上格下はともかく、当のアステル本人に、自分の全てである『最強の誇り』を否定されたのだ。
「あの腑抜けの、地味な魔帝が!この炎帝ヴォルカンを、格下だと宣うか!」
彼の頭の中は、怒りと屈辱で真っ白になった。アステルがエレナに勝利したことは理解したが、それはあくまで「相性」の問題だと、彼はプライドで蓋をしていた。しかし、アステルのこの発言は、彼の存在そのものを否定するものだった。
(あの、弟を馬鹿にされることしか許せないという男が、今、この私を公然と侮辱した……!)
炎帝ヴォルカンは、自らのプライドを守るため、そしてアステルの「格下」発言の真意を問いただすため、アステルへの憎悪を燃やし始めた。
炎帝ヴォルカンの強烈なプライドが、アステルの「格下」発言によって完全に刺激されました。アステルがなぜ彼を「格下」と呼んだのか、そしてその真意が次なる決闘の鍵となります。
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