最速の囮と、必殺の粘着罠〜
囮役への切り替えと反撃
グレイの悲痛な叫びと覚悟を、ヒカリは一瞬で理解した。
(グレイさんを捨てるわけにはいかない!だが、チャージも解けない!俺が囮になる!)
チャージタイム:4分35秒経過。
ヒカリは、アミーを襲う雑魚と、グレイを倒したブラッディベアに向けて、納刀したまま全力で突進した。これは、居合斬りの最速瞬動と見せかけるための、純粋な脚力によるゴリ押しだ。
「ガアァァ!」ブラッディベアのヘイトがヒカリに集中。
ヒカリはブラッディベアの巨大な爪を躱し、そのままアミーの隣を通過する。その際、アミーを襲おうとしていたオークとゴブリンを、ブラッディベアの攻撃の射線内へと誘導した。
「避けろ、アミーさん!」
ブラッディベアの爪が振り下ろされ、オークとゴブリンの雑魚は、その巻き添えで潰れた。アミーは無事だった。
「ヒカリさん、回復をグレイさんに!」
アミーは即座にグレイの元へ駆け寄った。
ヒカリは、ブラッディベアの追撃から逃げながら、部屋の中を高速で走り回る。時折、3秒瞬動による離脱と回転回避を混ぜることで、ブラッディベアの攻撃を回避し続けた。
チャージタイム:4分50秒経過。
(あと10秒!グレイさん、回復は間に合ったか!)
拘束罠の発動
その時、壁際で回復を受けていたグレイが、拳を床に叩きつけながら叫んだ。
「ヒカリさん!今です!罠(トラップ)を展開します!」
グレイの足元から、半透明の粘着質の液体が、ブラッディベアの足元へと急速に広がり始めた。これは、グレイが予備で持っていたスライム系の魔物から採取された粘着液を、広範囲に展開する拘束罠だった。
ヒカリは、ブラッディベアの正面から離脱するのではなく、あえて粘着液の上を滑るように通過した。
「来い、ブラッディベア!」
ブラッディベアは獲物であるヒカリに飛びかかろうと、粘着液の上へ足を着地させた。
「ガッ!?」
ブラッディベアの巨大な足は、瞬時に粘着液に絡め取られ、一歩も動けなくなった。
「ヒカリさん!今だ!最高のゴリ押しを!!」
グレイが立ち上がり、咆哮した。
斬鉄の終焉
チャージタイム:5分00秒完了!
ヒカリの身体から、次元を歪ませるほどのSランクのエネルギーが溢れ出した。5分間、命懸けで維持し続けた、究極の集中だ。
ブラッディベアは、粘着液から逃れようともがき、その巨体を震わせたが、微動だにできない。
「ブラッディベア。お前の鉄壁は、俺の全てを否定した。だが、俺は仲間と最高の刀を手に入れた!」
ヒカリは、斬鉄の刀の柄に指をかけ、静かに、しかし、宇宙の収縮のような速さで刀を抜き放った。
『居合斬り(Sランク・5分チャージ)――斬鉄の極致』
ドォオオオオオォォォン!!
漆黒の刀が、空間を切り裂き、次元の壁ごとブラッディベアの首筋を通過した。
ブラッディベアの分厚い毛皮、筋肉、そして骨は、一切の抵抗を許されず、豆腐のように両断された。
「グ……」
断末魔も上げられず、ブラッディベアの巨大な体は、光の粒子となって霧散し、後に残ったのは、これまで見たこともないほど大きく、純粋な魔性石だった。
ヒカリは、完璧な納刀を終え、その場に立ち尽くした。
「やった……」
アミーが声を上げた。
グレイは、ボロボロの体でヒカリに駆け寄り、肩を叩いた。
「最高のゴリ押しだ、ヒカリさん!そして、最高の連携でした!」
ヒカリは、ブラッディベアの魔性石を見つめた。これこそが、仲間と刀と、 Sランクの集中力が手に入れた、美食への切符だった。
シルバーランクへの道
ブラッディベア討伐の翌日、ヒカリはグレイ、アミーと共に冒険者ギルドへ向かい、魔性石の換金と報告を行った。
ギルドマスターは、ヒカリが初挑戦でブラッディベアを討伐したという事実に目を見開いた。
「見事だ、アサクラ・ヒカリ!ブラッディベアを討伐したことで、君はシルバーランクへの昇格テストを受ける資格を得た!」
ヒカリは驚いた。
「テストが受けられるんですか?」
「ああ。君のスキルは特殊だからな。討伐記録だけでは判断できない。特訓ギルドのリーネ師範代の承認が必要になる。今日中に特訓ギルドへ行きなさい。討伐の報酬とは別に、ランクアップテストを受ければ、さらに大きな報酬が手に入るぞ」
ヒカリはすぐに特訓ギルドへと向かった。
リーネはヒカリの報告を聞くと、満足そうに頷いた。
「ブラッディベア討伐、おめでとう、ヒカリ君。あなたには、私との特別テストを受けてもらうわ。内容は、あなたが特訓で身につけた『離脱の回転回避』と『柄打ち』の精度確認よ」
そのテストは、ヒカリにとってはもう手慣れたものだった。リーネのホーミングショットを的確に躱し、柄打ちでリーネの鎧の決められた箇所を正確に打ってみせた。
「完璧よ。あなたの居合斬りのゴリ押しは、もはやシルバーランクの基準を超えている。正式に昇格を承認するわ!」
祝宴と燻製チーズ
その夜、ヒカリ、タマキ、グレイ、アミー、そしてリーネは、昇格祝いとブラッディベア討伐の祝宴を開いた。場所はタマキの調理ギルドの一室だ。
テーブルには、タマキが腕によりをかけた特製の燻製チーズをはじめ、グレイとアミーが持ち寄った珍しい食材を使った料理が並んだ。
ヒカリは、念願の燻製チーズを口にし、その濃厚な旨味に感涙した。
「うっま……タマキさん!これこそが、俺が命懸けで求めていた味です!」
タマキは誇らしげに胸を張った。
「せやろ!アタイの燻製チーズは、シルバーランクレベルの味がするやろ!」
皆が和やかに、そして美味しく食事を楽しんでいた。そして、当然のように酒が用意された。
酔いどれ師範代の猛威
「ふふふ、まさか私の特訓で、ヒカリ君がこんなに早くシルバーランクになるとはね!乾杯!」
リーネは、いつもは上品に飲んでいるのだが、今日は気分が良いのか、驚くほどのペースでワインやエールを空けていく。
そして、悲劇は訪れた。
「んがーっ!居合斬りの回転回避はな!こうやるんだぁぁぁ!」
リーネは酔いが回りすぎたのか、突然立ち上がり、テーブルの上で高速回転を始めた!彼女の動きは正確無比だが、酒のせいで制御不能だ。
「わあぁ!リーネ師範代、テーブルの上の皿が!」
アミーが悲鳴を上げた。
「私の燻製チーズがぁ!」タマキが叫ぶ。
リーネは回転しながら、目の前に立つグレイに柄打ち(酔拳)を仕掛けた!
「うわ!ぐっ、さすが師範代、酔ってても一撃が重い!」グレイはモンクの防御姿勢で耐えるが、後退する。
リーネはさらに、「ヒカリ君!お前のチャージは甘い!俺と特訓しろ!」と叫び、ヒカリに向かってワインボトルを弓に見立て、居合斬りの瞬動で近づいてきた!
「や、やめてください、リーネ師範代!俺の刀は、まだ酒の匂いに慣れてません!」
ヒカリは、Sランクの瞬動を使い、テーブルの上を滑るように暴れまわるリーネから必死に逃げ回った。酔っ払いという、これまで出会った魔物の中で最も厄介で予測不能な敵を相手に、ヒカリの回転回避と瞬動は、思わぬ形で試されることになった。
「誰か、リーネ師範代を止めてください!このままじゃ、調理ギルドが潰れます!」
タマキが泣き叫んだ。
結局、ヒカリとグレイが連携し、酔いどれ師範代を毛布で包み込み、なんとか拘束して祝宴は終了した。
ヒカリは、シルバーランクに昇格した夜に、最強の師範代が最悪の酔っ払いになるという、この世界の新たな一面を知ったのだった。
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