第2話 薄墨桜
谷に開かれた所に大きな桜の老木が歓迎する様に立っている。
その桜は一千年の長き年月をその場にひっそりと春になると桃色の花をつけその花が散る時は墨色になって舞い散っていく。
人はその桜を薄墨桜と呼んでいた。
喜一郎と清吉、そして喜三郎はその桜散る中を嬉しそうにはしゃぎながら走り回っていた。
三人を見た母親は、長い落武者の一行の身に辛い思いが蘇るのだか、それを忘れた様な至福の時を得たのを感じた。
喜一郎も心の中は不安で一杯だった。これから先の事を思うと、武士を辞めた父と母、そして弟や姉の面倒は自分でしっかり見ていくという事は確信はしている。
それにしても、この長く辛い旅の途中で泣きそうになるのを我慢してきたのも事実だ。
一陣の風が吹いた。
喜一郎の後ろに少女の影が浮かんで、それを中心に桜が渦を巻いて舞い散っている。
それを見て暫く、あまりの不思議な美しさに眩暈がしたのだった。
桜色と墨色が二重になって乙女の周りに渦を巻いてる様子に茫然としたのだ。
そしてその少女が姉の羽の姫だと分かっても動くことが出来なかった。
羽のは、肌で桜の花びらが頬を撫でるように飛んで来るとその桜の香りを楽しんでいた。
「好きな香りだわ」
そう言う羽のは、桜の化身の様な佇まいを、魅せていた。
この地の周りは、千年の大木が見守ってきた神々しい光を放っていた。
それは、これから家族が前に向かって生きていくのを温かく見守って下さる様だった。
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