変わらぬ願い、揺るぎない心(蘭子とタカヤ)
「あーあ!楽しかったなー」
蘭子は居間のロッキンチェアーに座り、天井を見ながら呟いた。
「あーあ!楽しかったなー」
ゆらゆらと椅子を揺らしながら、楽しかった思い出を1つ思い出すたびに同じことを呟いている。
ソファーに座って読書をしているタカヤは聞こえないフリをしていた。
迂闊に返事をすると、何か余計な思い付きに巻き込まれそうな気がしていたからだ。
「あーあ!楽しかったなー」
だが、あまりにも同じ呟きが止まらないので、流石に言わずにはいられなかった。
「蘭子……もう13回も同じことを呟いている。いい加減にしないか?」
読んでいた本に栞を挟んで閉じると、蘭子の方へ視線を向けた。
「む。人が余韻を楽しんでいる時に失礼なヤツだ。それに、本を読みながら正確に数えるとか、おまえは時々変なとこで器用だな」
蘭子は揺らしていた椅子を止めてムッとした顔で答える。
「お前は少しはしゃぎすぎだ。今更立場をわきまえろとは言わないが、もっと落ち着けないのか?」
本棚に本を戻しながら、困った顔でタカヤが言った。
「ん?わたしに説教する気かっ?なんだ?やるのか?おっ?」
言葉は喧嘩腰だが、蘭子はほっぺを膨らませてわざとらしい表情を作っている。
それだけで、タカヤにはそれが冗談であることが充分に伝わっていた。
「はぁ……。まぁいい。今回はお前のお陰でわかったこともある。それに俺も楽しかったと思ってる。で、勉強の方は進んだのだろうな?」
そう。あの時間はタカヤにとってもかけがえのない時間だったのだ。
得るものもあった。
そして、友人との距離もずっと近づいた。
そんな気がしたのだ。
すぐに本国に連絡をしたが、まだ返事が戻ってこない。
恐らく、国内でも揉めているのだろう。
セリスが現れた事については、タカヤにとって想定外過ぎた。
どこから嗅ぎつけたのかは知らないが、恐らく蘭子の目的を聞いているのかもしれない。
だから、今まで蘭子の研究は自主性に任せて放ったらかしにしていたが、自分もその内容をある程度理解しないといけないと感じているのだ。
「全部は無理だったけど、あおいが優先順位をつけてくれたんだ。知っておいた方が良いことは最低限教えてもらったつもりだ!」
蘭子は胸をグーでトンと叩いてドヤ顔をしている。
「そうか。具体的にどんなことを勉強したんだ?」
あれだけ張り切っていたのだ。
きっと、難しい話をしていたのだろう。
「そうだなぁ……。クラムボンのこととか?」
「……それは難しすぎるな」
タカヤは干からびていた葵を思い出しながら苦笑いで引いていた。
もしかして、こんなやり取りをずっとしていたのだろうか?
やっぱり、聞かない方がいいのかもしれないと一瞬思ってしまった。
だが、実は葵からどんな話をしていたのか簡単に聞いていたのだ。
お風呂に入りながら、その件について自分の力がどう役に立つかも語り合った。
だから、ここでふざけている蘭子が自分に気を遣っていることも理解できている。
「まぁ……、その様子だと有意義な時間だったようだな。だが、蘭子が学んだことで、俺にも出来ることがあれば教えてほしい」
「それじゃあ、あのノートを読んでくれ。あれを読めば自分のするべき事がわかると思うぞ?」
「そうさせてもらう」
「わたしなりの考えも書いてある。気になるところがあったら言ってくれ」
いつしか2人は真剣な顔で語り合っていた。
エルトリアを想う気持ちはお互い同じなのだ。
「ところでタカヤ。昨晩は負けて帰ってきたクセにいい顔してたな。しずかから奥義でも教わったのか?」
「くっ……『負けて帰ってきたくせ』には余計だ。だが、その通りだ。奥義ではないが、三原の強さの秘密を1つ知った」
急に蘭子から痛いところを突かれたタカヤは狼狽えながら返す。
「強さのひみつ?」
蘭子は首を傾げて聞き返してきた。
「そうだ。三原に剣を打ち込む時、入ると思った斬撃がことごとく流されていたんだ。例えるなら、流れる水に打ち込んでいるような、そんな感じだ。気がつくと自分の太刀筋が逸らされている」
タカヤは、剣を振るうフリをしながら身振り手振りで説明を始めた。
蘭子にちゃんと伝わるように、彼なりにわかりやすく説明しているつもりなのだ。
「なるほどな。そういう術ではないのか?」
蘭子は目線を上に向けて考えながら答えてくれている。
どうやらちゃんと伝わっているようだ。
「それが違うようだ。術でもなんでもなく彼女の技術だった。要は『力の流れをコントロール』するような感じだ。三原は『柔よく剛を制す』と言っていたな」
昨晩の感覚を思い出し、自分の手を見ながら指を握った。
「ほう。さすがしずかだな。で、それは習得したのか?」
蘭子にとって、重要なのはそこだ。
自分のやりたいことをやるだけでは自分の理想とする世界は実現出来ない。
反対意見や、それを揉み消そうとする勢力だって当然ある。
戦いなんか大っ嫌いだが、これは必要な力なのだ。
騎士として、蘭子の護衛として、エルトリアの為にタカヤにはもっと強くなってもらわないと困る。
力で納めようというわけではない。
守る為の力が欲しいのだ。
国を納める立場になったとしても、そう簡単に物事が進まないことは理解している。
「いや……。まだだ。なんとなく感覚は理解できたが、どうしてもいらない力が入ってしまって上手くいかない」
タカヤも同じ想いだった。
だが、理屈はわかっていても実際は違う。
それを痛感して、思い通りに動かない自分の剣を思い出すと悔しそうに言った。
「そうか。よしわかった。それじゃあ、タカヤに宿題を出す。向こうに帰るまでに、しずかに1回は勝て。いいな?」
そんなタカヤに向かって、蘭子は真剣に言う。
いつものおふざけ蘭子ではない。
エルトリアの姫、蘭子・アールバード・エルトリア・ザ・セブンスとして。
「ああ。必ず」
そして、タカヤはその想いを確かめるように深く頷いて答える。
頭の中にチラつくセリスの影を感じながら……。
「タカヤさーん!ちょっといいかしらー?」
すると、突然オーナーの呼ぶ声がした。
「お、タカヤ。きっとランチの準備だぞ。手伝え手伝え!」
「……たまには蘭子も手伝ったらどうだ?」
2人は気持ちだけエルトリアに帰っていたが、オーナーの声でさっきまでの緊張感が解け、現実に戻ってきた。
蘭子は気持ちをサッと切り替えて、いつもの調子に戻っている。
そして、タカヤは呆れたように蘭子に返しているが、その表情は穏やかだった。
今は自分たちが出来ることを頑張る。
それがエルトリアの為なのだ。
オーナーに呼ばれたタカヤは食堂に向かった。
だが、呼ばれた理由は昼食の手伝いではなかったようだ。
「タカヤさんに封書が届いてますよ」
ちょっと気まずそうな顔をしたオーナーが、角20サイズの封筒を持っていた。
その封筒は羊皮紙のような素材でできており、落ち着いた白金色でエルトリアの紋章が刻印されている。
タカヤにはすぐにわかった。
セリスに関する報告書の返事が返ってきたのだ。
「オーナー。それをどこで……?」
エルトリアとの手紙のやりとりは特別な方法で送っている。
タカヤの世界では、手紙ぐらいのサイズであれば異世界間でのやり取りが容易なのだ。
だが、そのエルトリアからの手紙をオーナーが持っていた。
あまり知られたくない内容だけに、つい警戒したタカヤは無意識に鋭い目で尋ねていた。
しかし、そんなタカヤの様子を見たオーナーは、少し安堵したような表情で言う。
「先ほどポストに入っていたのです。その様子だと、やっぱり蘭子ちゃんには知られたくないお手紙かしら?」
タカヤは「なるほど」と頷くと状況を理解した。
どうやら、エルトリアもオーナーも気を遣ってくれたらしい。
恐らく、エルトリアはこっちの世界のやり方に倣って郵便ポストに転送したのだろう。
そして、受け取ったオーナーがタカヤだけを呼んでくれたようだ。
一歩間違えれば蘭子にバレてしまいそうな気がするが、そもそもこの屋敷に届く手紙は、まずオーナーが受け取ることになっている。
宛名がタカヤになっていたが、オーナーなりに何かを感じ取ったらしく、蘭子に知られないよう配慮してくれたというわけだ。
「……気を使っていただき感謝する。少し、部屋に行ってくる」
オーナーを疑ってしまったことを申し訳なく思いながら、タカヤは封書を受け取ると慌てて自分の部屋に向かった。
部屋に戻るなり急いで開封すると、『エルトリア国防省』と記されたA4サイズの手紙が入っていた。
薄い封筒に薄い紙が入っているだけの封書だったが、なぜかやたらと重みを感じる。
焦る気持ちを抑えながら手紙に目を通すと、やはり昨晩送った緊急通達の返事のようだ。
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エルトリア王国国防省
近衛騎士団長 タカヤ・ルイン・リシェード殿
件名:セリス女王に関する「緊急通達」への回答並びに対応方針について
貴殿より提出された上記事案について、国防省は本件を重大事案と認定し、
臨時国家安全保障会議(以下「本会議」という)を招集のうえ審議した。
その結果、下記の通り決定したため通達する。
一 他世界への戦禍拡大禁止について
自世界より他世界へ武力・術力・その他いかなる形態の戦禍を拡大することは、
王国基本条約及び異世界往来特例法において厳格に禁じられている。
よって、シェイドリア王国の動向については「注視・静観」を原則とし、
独断による対抗措置を取ってはならない。
二 蘭子殿下の身柄保全について
蘭子・アールバード・エルトリア・ザ・セブンス殿下の安全確保を最優先任務とする。
これは初期任務と同一の方針であり、いかなる状況下においても変更しない。
三 セリス女王に関する報告義務について
セリス・シェイドリア・ハルヴァイン女王の行動、所在、影響事案については、
「防衛特例法第10条第4項」に基づき逐次国防省へ報告すること。
また、本件に関して貴殿の判断による独自行動は原則として禁止する。
必ず国防省の指示を待ち、これに従うものとする。
四 調査員の派遣について
本会議において調査員派遣を決議したが、
貴世界側の受け入れ拒否により派遣実施は見送る。
当面は貴殿の報告および現地観測をもって代替とする。
五 本件における現地協力者について
「三原静香」を臨時協力資格者(特例区分:外部協力乙種)として認める。
報告書において、貴殿ならびに対象者との接触の事実が確認されたため、
本事案に関して限定的ながら支援行為を認めるものとする。
ただし、軍事権限の付与は行わず、あくまで補助的協力者として扱うこと。
行動を共にする場合は、常に近衛騎士団長たる貴殿が責任を負うものとする。
以上、本会議の決定事項を正式に通達する。
本件は機密区分「甲」に該当するため、厳重に取り扱うこと。
エルトリア王国 国防省
臨時国家安全保障会議
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(やはりそうか……。だが、ヤツの目的がわからない以上、どちらにしろ動けない)
国防省からの返事はタカヤが予想していた通りの内容だった。
特段驚きもしなかったが、予想していなかった指示があるのではと、わずかな期待をしていたのも確かだ。
それに、自分たちの世界では、他の世界に争いを持ち込むことを禁忌としている。
それが原因でお互いの世界間に歪みが生じ、やがて大災厄が起こると言われているからだ。
これはシェイドリアも同様だ。
だから、軽率に手を出してくるとも考えにくい。
(しかし、面倒なのはヤツの諜報能力だ……)
今は予想しかできないが、このような限られた条件の中で出来ることはわずかだ。
セリスの性格とシェイドリアの戦略から考えると、諜報活動が主になることは十分考えられる。
「蘭子の想いは……そう簡単に壊させやしない。これ以上、エルトリアを滅茶苦茶にさせてたまるか」
手紙を机の引き出しにそっとしまうと、タカヤは決意に満ちた目で呟いた。
「……そうだ。三原にも連絡をした方がいいな」
そして、ポケットからスマホを取り出すとLIMEで静香にメッセージを送信した。
具体的な内容は伏せたが、エルトリアから返事が来たこと、静観せよと指示があったこと、協力者として正式に認められたこと、諜報活動に注意すること、これらを簡潔にまとめ、後で話をして詳細を伝えることにした。
巻き込んでしまったことは申し訳なく感じているが、この件には彼女の力が必要なのだ。
情けないが、事態を打開するには彼女に頼るしかない。
戦いとは無縁だと思っていたこの世界で、エルトリアの命運をかけた孤独な戦いが始まろうとしていた。
1人居間に残された蘭子は、ノートを広げて黙々と書き込んでいた。
お泊まり会をやって感じたことや、昨晩葵から教わった事を復習し、自分の理想とする世界に必要なピースを集めていく。
ペンを走らせながら思い浮かべたのは友たちの笑顔だ。
いつかエルトリアも、こんな笑顔が絶えない国にするんだ。
蘭子の決意には揺るぎがなかった。
だが、彼女は知る由もない。
すぐ近くまで忍び寄る、影の存在に……。
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