ディナータイム
「タカヤはな、虫が嫌いなんだ。こっちに来てから虫を見る度に騒ぐんだ」
蘭子はテーブルに散らかったお菓子のゴミを片付けながら不満そうに言った。
「よくそれで騎士が務まるわね……」
紅茶のカップをティートレイの上に綺麗に並べながら静香が呆れ気味に返す。
「まぁ……討伐失敗ということで、一人前の証はお預けだな」
テーブルを布巾で拭きながら、葵はタカヤに向かって意地悪そうに笑って揶揄っている。
そして、『みんなでやりたいゲームボックス』を片付けていたタカヤは不満そうに言う。
「なっ……お前たちもビビっていただろう!」
自分たちも怖がっていたことを棚に上げ、集中攻撃されていることが納得いかないのだ。
「そうなんだけど……」
しかし、葵がほっぺをポリポリかきながら苦笑いで言うと、静香が後に続ける。
「私たちはこう見えて、すでに討伐を終わらせてるのよ」
「くっ……!」
タカヤは、2人が一人前の証を手に入れていることを知り、悔しそうに納戸の扉を閉めた。
そんなやり取りをしているうちに、食堂の方からオーナーの声が響いた。
「みなさーん!もうすぐ夕食ですよー!」
「オーナーさん!手伝いますー!」
「……俺も行く」
家事が得意な静香とタカヤは、オーナーの手伝いを志願して先に食堂へ向かった。
残された葵と蘭子は、椅子やテーブルを元通りに並べて片付けの仕上げに取り掛かっている。
「……助かった。ようやく普通の時間が来た」
「なんかさっきまでの時間が不満そうな言い方だな」
ボソッと呟いた葵に、ブスッとした蘭子が返す。
「ツッコミ疲れたんだ。お前のボケが止まらないからな。ツッコミ役がもう1人欲しいくらいだ」
「ヒロシとかか?」
「ボケ役を増やすな……」
そして2人も冗談を言い合いながら片付けを終えると食堂へ向かった。
長いテーブルには、既にオーナーの手料理がずらりと並んでいた。
人数分に分けられたビーフシチューの湯気と、テーブルの中央に置かれたバスケットから焼きたてパンの香りが広がり、先ほどまでの混沌とした戦場のような居間とは打って変わって、穏やかな空気が流れている。
「……生きて帰れた……」
タカヤは席に座るなり、力尽きた戦士のように両手を合わせて天を仰いだ。
「大袈裟だな……」
隣に座った葵が、呆れ顔でスプーンを手に取る。
「そもそも……あんな恐ろしい生き物がこの世界に存在するなんて俺は聞いていない」
タカヤは闇の象徴の存在について不満げに言う。
「それ、こっちの人間ほとんどが思ってるから安心しろ」
それについては葵も同意見だが、世の理として受け入れざる得ないことを承知で淡々と返した。
「まぁまぁ、タカヤ。G・ブラックさんはもう自然に帰ったし、これでここも平和だ」
「いや、ヤツを甘くみるなよ。太古の昔からこの世界に跋扈してる生き物だからな。また来るぞ。それと、食事の時はヤツの話題をやめろ。それがマナーだ。」
G・ブラックさんの恐ろしさを理解しきれていない蘭子に本当の恐怖を教えつつ、葵はせっかくの夕食がG・ブラックさんの話題で台無しにならないよう注意した。
「ん?そういうものなのか?よし心得た!では、いただきます!」
そして、蘭子はにっこり微笑みながら、優雅にナイフとフォークを使い始めた。
その仕草が、どこか王族の晩餐を思わせるほど整っていて、誰よりも食卓マナーが完璧だった。
「……そういうとこ見ると、やっぱ本物のお姫様って感じだよな」
葵は感心しながら呟く。
「ふふん。当然だ。王族教育を受けてきたからな!」
褒められて胸を張る蘭子に対し、タカヤは深いため息をついた。
「……友人の前だから良いとこ見せようと行儀がいいんだ。いつもの蘭子は凄いもんだぞ」
「う……うるさい!余計なことを言うな!」
蘭子は顔を赤くしながら、フンっ!とそっぽを向く。
「ま、昼休みの様子見てたらわかるけどな」
しかし、学校で過ごす蘭子を思い出して葵は笑っていた。
「うぅ……そうだった」
蘭子は今更取り繕っても無駄だったことを理解すると、ガックリと項垂れながらシチューを一口飲んだ。
そのタイミングで飲むか?そういうところだぞ。
「でもまぁ、楽しかったじゃない。あんなタカヤ、初めて見たわ」
蘭子の隣に座っている静香が、笑いながらパンをちぎってシチューに浸している。
ドリンクバーでふざけていたタカヤの一面を知っていたが、剣を持った時のイメージは、河川敷で刃を交わした堅物騎士のままだった。
だから、G・ブラックさんと対峙したタカヤが、この世界にいる普通の高校生のような反応をしていたことで、タカヤという人間のことを少し誤解していたかもしれないと感じていた。
「楽しいものか!あれは地獄の試練だ!」
だが、タカヤ曰く、『騎士の特別訓練よりも地獄だった』ということで必死に抗議している。
どんだけ怖かったんだよ……。
「いいじゃない、試練に敗れた半人前さん」
しかし、静香はタカヤを揶揄うことをやめない。
「やかましい!」
タカヤの顔が真っ赤になり、食堂は笑いに包まれた。
そんな中、オーナーがオレンジジュースをトレイに載せて現れた。
「皆さん、食事はお口に合いましたか?」
「はいっ!とてもおいしいです!」
葵が即答し姿勢を正す。
「それは何より。デザートもありますからね!あと、オレンジジュースを入れてきたので召し上がれ。暖かいお茶が良ければ淹れてきますね」
そう微笑むオーナーの声には、どこか穏やかな威厳があった。
(タカヤは監視者って言ってたけど、やっぱり、ただ者じゃない感じだよな)
葵はオレンジジュースの入ったコップを手にしながら、ふとオーナーの後ろ姿を見つめる。
どこか、あの人も『秘密を抱えている』ような……そんな感じがした。
すると、蘭子が声をかけてきた。
「あおい?どうした?ボーッとして?」
「……いや、なんでもない」
気のせいだと笑ってごまかすと、蘭子がパンを差し出してきた。
「これ、美味しいぞ。分けてやる」
「お前、いいやつだな」
「当然だ。なにせ一人前だからな!」
またしてもドヤ顔。
蘭子は、オーナーを見ていた葵が一瞬だけ見せた不安げな表情を見て気を遣ったようだ。
「……お前は討伐というか、闇の象徴を世界に解き放ったから、その称号は微妙なところだけどな」
その優しさを汲み取った葵のツッコミを合図に、再び食卓に笑いが戻ってきた。
「あの子達が一緒なら安心ね。良い友人に出会えてよかったわ」
楽しそうに笑い合っている4人をオーナーは眺めていた。
若い子達が楽しそうに過ごす時間に立ち会える事は、オーナーにとってかけがえのない時間だった。
少し常識のない留学生が上手くやっていけるのか心配していたが、彼らと一緒ならきっと大丈夫と、目を細めて洗い物を始める。
笑い声と食器の音が重なり、屋敷の夜は少しずつ静かに深まっていった。
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