激突!タカヤ vs 黒き刺客
紅茶の匂いで気分が落ち着く穏やかな時間が流れる居間。
しかし、笑いの絶えない平和な時間は突如終焉を迎えることとなる。
4人はゲーム対決の緊張感から解放されてリラックスしていた。
居間は、食堂と同じように部屋の中をオレンジ色のランプが照らしていて、窓はカーテンが閉められているので薄暗い。
その部屋の隅を、タカヤはボーッと見つめている。
(ゲームとは言え、少しムキになりすぎただろうか。さすがにちょっと疲れ……ん?)
そして、何かを見つけた。
葵は、突然冷や汗をかいて静止したタカヤに気がついたが、表情がどんどん青ざめていくのを見て心配になり声をかけた。
「どうしたタカヤ?腹でも痛いのか?」
聞かれたタカヤはゆっくり葵の方へ振り返るが、なぜか目が怯えている。
「ア、ア、ア……アオイっ!なんだあの気持ち悪い生き物は!」
少し声を裏返しながら、泣きそうな顔で指を差したその先に居たのは……
「……『G・ブラックさん』だな。それも、大分ご立派なやつだ」
葵は嫌そうな顔をしてタカヤの質問に答えた。
「G・ブラックさん?知り合いか?」
それを聞いた蘭子は、キョトンとしながらタカヤの視線の先を見た。
「いや……よく聞け。あいつはこの世界の闇を象徴する存在だ 。正式な名前は違うが、嫌悪感を持たれることもあるからここは偽名を使わしてもらう」
葵はそんな2人の様子を見て少し揶揄ってやろうと思い、わざと深刻そうな表情で説明した。
隣では静香が笑いを堪えているのがわかった。
「おぉ!なんかハ
泣きそうなタカヤとは対照的に、蘭子はやたらとワクワクしているようだ。
「そうだ。伝わる話ではな、この世界では『G・ブラックさん』を1人で討伐できて、初めて1人前の証となる」
「なっ……!?1人前の証、だと……!?」
真面目な顔で冗談を言う葵にまんまと騙されたタカヤは、怯えた目から鋭い目つきに切り替わると、突然決意に燃え始めた。
「なるほど。ならばタカヤ!剣を抜くことを許す」
そして、何も疑いもしない蘭子は、タカヤに騎士としての仕事を命令した。
「……ふふっ」
隣では静香が笑いを堪えきれず、肩を揺らしながらそっぽを向いて吹き出している。
「よし。見ていろ!必ず仕留めてみせる!」
そんな事にも気がついていないタカヤは、細い剣を抜いてG・ブラックさんに向けて構えた。
どうやら、蘭子にいいところを見せたいらしい。
今にも飛びかかりそうなタカヤだが、ここは葵が手を出して一旦静止させる。
「待てタカヤ。迂闊だ。……いいか?ヤツは速い。迂闊に飛び込むと物陰に一瞬で逃げてしまう。それに、潰すのもダメだ。こんなに高級な絨毯の上で潰してしまうと絨毯が汚れてしまう」
葵の冷静な分析を聞いたタカヤは一旦構えを解いた。
「なるほど……。ではどうしろと?」
タカヤは視線をG・ブラックさんに向けたまま葵の作戦を聞く。
G・ブラックさんは時よりササッと数センチ移動するが、こっちの気配を感じ取っているのか、じっとしている時間が長い。
「潰さず仕留めるんだ。そして、絨毯も傷つけるな。つまり、一撃で串刺しにしつつ、絨毯の手前で寸止めだ。お前ならできるだろ?」
「当然だ。俺を誰だと思っている」
最後だけニヤリと笑って煽る葵の言葉に、タカヤは簡単に乗せられてしまった。
ドヤ顔をしているタカヤを見た静香は、葵の背中に隠れて再び吹き出している。
いよいよタカヤとG・ブラックさんの対決が始まった。
つまり、『異世界人』と『この世界の闇』が衝突するのだ。
タカヤは、剣を構えながらジリジリと間を詰めている。
だが、最初こそ勢いは良かったものの、近づくにつれて腰が引けてきている。
そして、G・ブラックさんがササっと数センチ移動するだけでビクッとなっていた。
頑張れよ異世界人。
「フッ、確かに速いな。だが……」
予測不能な動きで異世界人を翻弄するG・ブラックさんだったが、その時、タカヤの目が急に見開いた。
「見切ったぞ!」
シュッ!っと剣が空気を切り裂く音を立ててG・ブラックさんに向かう。
鋭い突きが閃くように放たれたのだ。
一瞬、居間は緊張感のある静寂が訪れた。
「……やったか?」
蘭子が固唾をのんで見守る視線の先。
タカヤの剣は絨毯を傷つける事なく、紙一重の位置で寸止めされていた。
しかし……
剣の先に
「……蘭子、ひとつ教えてやる。この世界で『やったか?』はフラグだ」
葵は冷静に、蘭子に向かって小声で話す。
次の瞬間……。
カサカサカサカサカサカサ……
寸前で剣を避けていたG・ブラックさんが、剣先から高速でタカヤの手元に向かってよじ登ってきた。
そして……、そのまま袖口に飛び乗り、袖の中へ消えていった……。
みるみる青ざめていくタカヤの顔、そして一瞬で消えた決意と騎士の表情……
「いぎゃああああああああああああああああああッ!!」
屋敷中に悲鳴が響いた。
この世界で初めて行われたであろう世紀の対決は、異世界人の敗北だった。
そして、タカヤは服を脱ぎかけながら居間を勢いよく飛びだして行ってしまった。
少しの静寂のあと。
「……なぁ、あいつってあんなポンコツだったか?」
「頼りないわね……」
「もうアイツは騎士クビだ……」
居間に残された3人は、呆れながら紅茶を啜っている。
数分後。
悲鳴を上げながら屋敷を一周したタカヤが戻ってきた。
(途中でオーナーに怒られてる声も聞こえた)
「た、助け……助けてくれ!まだ居る……」
タカヤはプルプル震えて泣いていた。
「うわっ!こっちくるな!」
「私もソイツだけは駄目なの!」
G・ブラックさんが潜むタカヤが近づいてきたので、葵と静香は慌てて距離を取る。
もはや、闇の象徴によってタカヤの自我が破壊されそうになっていた。
恐るべし、この世界の闇……。
しかし、ここで救世主が現れた。
「もー仕方ないなー……」
蘭子がすっと立ち上がってタカヤに近づいたのだ。
「……風よ」
すると、指先で軽く風を起こし、G・ブラックさんをふわりと空中へ浮かせた。
そして……、両手で包み込むようにG・ブラックさんを捕獲したのだ。
「うわ、素手!?」
「蘭子ちゃん……さすがに私もそれは引くわ」
驚く2人に蘭子は返す。
「やっぱり、要らぬ殺生は良くない。自然へ帰すほうがいいだろう?」
そう言って蘭子は葵に窓を開けさせると、風で少し遠くへリリースした。
タカヤはぺたんこ座りでメソメソ泣いている。
お前、本当に騎士クビになるぞ……。
「ったく、お前っぽいな。後でちゃんと手洗っておけよ」
葵は頭をかきながら呆れ顔で蘭子に言う。
「うん。……あっ!」
しかし、蘭子は何かを思い出したようだ。
「なんだよ?」
すぐに葵が聞き返すと、蘭子は「しまった!」という顔をしていた。
「闇の象徴を世界に解き放ってしまった……大災厄が……来る!」
「来ねーよ!」
葵は鋭いツッコミの後、苦笑いで続ける。
「一応言っておくが、あれは冗談だからな?」
「なにー!騙したのか!?」
「っていうかお前知っててやってただろ!ノリノリだったじゃねーか!」
両手をグーにしてバンザイしながら怒っているように見せた蘭子だったが、葵にバレていたことを悟ると、突然真面目な表情に戻った。
「そう。実は、わたしは気がついていた。何故なら!アイツの正体は昆虫図鑑で見たことがあるからな。あおい、あれはカブトムシというやつだろ?」
そして、全然違うことを言っている。
「その勘違いはやめてくれ……」
葵は、少年の頃の思い出がG・ブラックさんに汚染されていく気がして、項垂れながら否定した。
やばい。闇の象徴のせいで闇堕ちしそうだ。
「ち……違うのか!?ではあれは一体……やはり、闇の化身だったのか……大災厄が……」
1人混乱している蘭子は、何やらブツクサと話し始めた。
「もうそのネタはいいだろ……」
ツッコミに疲れてきた葵は呆れ顔だ。
しかし、気になる蘭子のボケは止まらない。
「あおい、カブトムシって何だ?」
「そのタイミングで聞く!?」
アホみたいな顔で変化球すぎる質問を投げてきたので、葵はダイビングキャッチ気味に慌てて返した。
いつもの漫才が始まり、殺伐とした……いや、なんとも言えない微妙な空気になってしまった居間に再び笑い声が響く。
「とりあえず、一件落着ね」
静香はホッとした顔で笑った。
「ほれ、お前はいつまでもメソメソしてないでしっかりしろ!」
蘭子はタカヤの肩をポンと叩いて励ましている。
急に乙女チックになったタカヤのせいで、最早どっちが騎士でどっちがお姫様かわからないくらい立場が逆転しているように見えた。
「俺の……俺の威厳が……無くなっていく」
しかし、我に返ったタカヤは四つん這いの体勢でガッカリと俯いている。
「あら?そんなものとっくにないわよ?」
そんなタカヤにトドメをさしたのは静香だった。
「ぐはっ!……蘭子……あとは……頼んだ……」
容赦ない静香の言葉を聞いたタカヤは、ガクッとその場に倒れ込んだ。
タカヤの目の前が真っ暗になった……
「タカヤーーーーー!!」
そんなタカヤを抱きかかえて蘭子は叫ぶ。
なんかそんなシーンのある映画見たことある気がする。
「お前ら……何やってんだ?」
葵は片方の眉をヒクヒクさせながら呆れていた。
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