01. 覚醒

フェリクスと出会ったあの日から、一年の月日が過ぎた。

アーデルハイドは今、ルーカス・カディオとして生きている。



木々に囲まれた閉鎖的な空間で、アイザックと睨み合う。

動物が小枝を踏んだ軽い音を合図に、互いに切りかかった。

暗殺者の訓練を受けているアイクにかすり傷をつけられたら勝ちというこの訓練。

昨日までの二十日間で勝てたのはたったの一回だ。


「ルカ様、せっかくの可愛らしいお顔が険しくなっています。もったいない」


「可愛くない!黙ってやれ!」


「俺はルカ様のお顔結構タイプですよ?」


「きもい!」


力いっぱい剣を振るうが、アイザックに余裕でかわされた。

ふっと笑った顔がめちゃくちゃかっこいい彼の顔に苛立ちが募る。


前に出すぎたと気づいた時には遅く、アイザックの肘がルーカスの腹に入った。

地面に倒れて、そのまま手足を投げ出す。


「はぁ……。これで一勝二十敗」


「今日の敗因は感情的になりすぎたところですね」


「アイクが煽るからでしょ」


「何度も同じ手に引っかかるルカ様が面白……いえ、全てルカ様を思っての言葉ですよ」


「ふざけるなよ」


アイザックの肩を軽く叩くと、今度は避けずに受け止められた。


「ルカ様に負けるとフェリクス様にひどく扱かれるので、ご容赦ください」


「アイクから見ても、フェリクスって相当強いんだ?」


「勿論。例えるなら、アリと太陽ですね」


「じゃあ、そのアリに勝てない僕って」


「塵ですね」


にこっと笑うアイザックを見て、こいつ絶対クビにしようと心に決めた。



その時だった。


「っ、ルカ様!」


突然アイザックが叫び、ルーカスを押し倒した。

なんだよ、と声をあげようとした瞬間、目の前を巨大な炎がものすごいスピードで通り過ぎた。


「ルカ様、俺が前に出るのでお逃げ下さい」


「なっ、そんなこと」


「逃げろって!」


言葉通りルーカスを背後に、魔法の飛んできた方向へナイフを構えるアイザックの背中は大きな火傷を負っていた。

強く吹いた風が血の匂いを運んでくる。

震える足をどうにか動かし、必死で走った。


暫くすると前方から膨大な数の火球がこちらに飛んできているのが見えて、思わず立ち止まる。

ルーカスはまだ魔法に対抗できる術を持っていなかった。


「くそっ」


(なんか出ろ……!)


そう祈りながら、両手を前に伸ばす。

魔力がないルーカスにとって、無意味な抵抗のはずだった。




火球が掌に触れた瞬間、その姿が消える。

唖然として自身の手を見つめている間に、百個以上あった火球は全て掌に収まっていた。


「今、魔法を無効化したのか……?」


その声が震えていることに気がつくと同時に、内側から熱いものが込み上げてくる。

しかし喜んだのも束の間、突然身体から力が抜け意識が遠のいていった。







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