時の果てで、君を待つ
無咲 油圧
プロローグ 時のささやき
雨の音が、遠くで世界を包み込んでいた。
まるで、誰かが泣いているような音。
少年は夢の中で、ひとつの声を聞いた。
それは、どこか懐かしく、しかし一度も聞いたことのない少女の声だった。
「――ねぇ、聞こえる?」
闇の中に、淡い光が差し込む。
光の粒が雨のように舞い、少年の頬に触れた。
その声は確かに、彼に向かって語りかけていた。
「あなたは……どの時代の人?」
少年は答えられなかった。
夢だと思った。けれどその瞬間、胸の奥で何かが確かに震えた。
目を覚ますと、朝だった。
古びた畳の部屋に、淡い陽光が差し込んでいる。
天井のシミが、どこか昨日よりも大きく見えた。
「……また、同じ夢だ」
星野遼は、ぼんやりと呟いた。
十七歳。高校二年生。山と川に囲まれたこの小さな町に生まれ、そして――生き残った少年。
二年前、事故で両親を亡くしてから、彼は祖父母の家に引き取られて暮らしていた。
スマホもろくに電波が入らず、夜になれば満天の星が空を覆う。
その静けさが好きだった。けれど、最近は少しだけ息苦しく感じる。
「……変わらないな、ここは」
ため息をつきながら、遼は机の上の古い無線機を見つめた。
祖父が昔使っていたという短波ラジオ。今ではもう誰も使っていない。
それでも、遼はなぜかこれを捨てられなかった。
ノブを回すと、ざらついた雑音が部屋に満ちる。
ガリガリ、ジジジ、と途切れながら、どこかから微かな音が混ざる。
――……こ……こ……えますか?
遼の手が止まった。
今、確かに「声」が聞こえた。
「え……?」
――だれ……か、いますか?
電波の向こうから、少女の声が流れた。
澄んでいて、どこか機械的な響きを帯びた声。
「おい……誰だ? どこのチャンネルだ?」
――あ……やっと、繋がった。ここは…2200……年の、
「……は?」
その瞬間、雑音が爆ぜ、無線は沈黙した。
一方その頃――。
白銀の塔が林立する、
空は人工のドームで覆われ、太陽の光さえもプログラムによって制御されている。
少女は静かに目を開けた。
薄い銀色の髪が、光の粒をまといながら揺れる。
彼女の名は、セラ=ユリス。
AIが支配するこの世界で、人間らしい「感情」を制御されて育った少女。
彼女は情報管理局に所属し、過去の人類が残した「記録」を解析する任務を担っていた。
いつものように無機質な画面を操作していると、ひとつの異常データが現れた。
“2025年発信の短波通信”――そんなもの、存在するはずがない。
「……幻信号?」
彼女は眉を寄せた。
通信データを開くと、そこには歪んだノイズと
「おい……誰だ? どこのチャンネルだ?」
少年の声が、確かに響いた。
セラは息をのんだ。
冷たく無表情なはずの彼女の瞳が、初めて揺れる。
「……誰……? あなた……」
その声は、時空を越えて届いた。
誰もいない研究室の中、彼女は震える指で応答ボタンを押した。
「こちら……ネオ・アーク通信局第七端末、セラ=ユリス。あなたは……どの時代の人ですか?」
答えはない。
ただ、沈黙と、雨の音だけが響いた。
夢と現実、過去と未来。
ふたつの世界は、今、確かに交わった。
それが、永遠へと続く「始まりの声」だった。
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