4. 地獄

 私は目の前の悲惨な光景に息を飲み、ぎゅっと目を瞑ると、覚悟を決め、開眼する。


 血の海を泳ぎ、その途中、亡者に肉を啄まれながらも、前へ前へと進んでいく。

 痛い。泣く暇もなく、痛い。血の臭いが鼻をつく。この海を上るのも一苦労だ。それでも、私はなんとか這い上がり、血と汗を流しつつ、次の地獄へと足を踏み入れた。


 やっとの思いで辿り着いた先は、(当たり前だが)また地獄だった。炎に焼かれた人々が、叫び声を上げている。しかし、ここを通らない限り、彼女の元には行けない。

 足が焦げ、腹が焦げ、腕が焦げ、顔が焦げ……私はその身を焼かれながら、夢を見た。


 ***


『もういい。二度と顔見せないで』

「ごめん! 本っ当にごめん! そんなつもりじゃなかったんだよ!」

『はいはい。わかったよ。もういいから』

「ご、ごめん……、でも、ちがっ……」

『……はぁ』

「……ごめんなさい。本当は嫌いなんてそんなこと思ってない。まだ友達でいたい」

『……』


 ***


 冷たい目線を向けられ、息が詰まり、ハッとする。また、地獄だった。どうやら走馬灯でも見ていたらしい。


 再び、私は駆け出した。血の海を渡り、肉を啄まれ、炎に焼かれ、夢を見る。


 ***


『ごめんね……、あなたを、普通の子に産んであげられなくて……』

「お母さん……。ううん、いいの」

『不便な思いをさせて、ごめんなさい……』

「だ、大丈夫だって! 私、お母さんの子で、幸せだよ?」

『……』


 ***


 悲哀の目で見られ、息が詰まり、またハッとする。地獄だ。まだ、女の子の姿は見えない。


 繰り返す。何度も、何度も。血の海を渡り、肉を啄まれ、炎に焼かれ、夢を見る。いつかの、苦しかった夢を。地獄と地獄を行き来する。


 そうして、やっとの思いで女の子の元へと、私は辿り着いた。彼女の姿を見たら、なんだかホッとして、涙が溢れた。


「……天国に、戻ろう」


私が手を差し伸べると、女の子は一言、


「……こんなことになるなら、私、お母さんのところなんて来なきゃよかった」


そんなことを言って、闇の中に飲まれた。

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