『第四話-魔法が使えないということ-』-7
研究室に行くと、ローラは椅子に座って、マリーン先生や他の研究生と談笑していた。
俺に気づくと、みんなに小さく会釈をして俺に近づいてくる。
「では、ごきげんよう。さ、ラナ行きましょう」
俺たちは花壇に囲まれた道を歩く、同じ方向に歩く学生もまばらだ。
「どんなご用事だったんですか?」
ローラは後ろで手を組んで少し屈んで、俺に聞いてきた。思わず目を逸らしてしまう。
「えーとね。告白された」
「ふーん。そうですか、お返事は?」
「ちゃんと断ったよ。だって、これから旅に行かないといけないし」
俺がそういうと、少しだけローラは黙る。そして、いつもよりも冷たい声で静かに言った。
「ラナ、それは酷いですよ」
ローラが立ち止まる。怒っているわけじゃない、でも俺を諭すように静かに俺の言葉を待ってる。
そして、俺が言葉を返さないことにしびれを切らして、ローラは口を開く。
「私を言い訳に使わないでください」
頭から冷水をかけられたような気分だ。
俺はローラの護衛をしていなかったら、あの子の告白を受け入れていたのか。たぶん断っただろう。
翻って、ローラのことを好きになっていなかったとしても、俺はあの子の告白を断っただろう。
つまり、理由はもっと残酷だ。
「……うん。ごめん。俺、あの子たちの名前も顔も覚えてない。ぜんぜん、興味持ってなくてさ。ひどいね」
「そうです。告白してくれた人に失礼です」
俺はローラの口ぶりに少しむすっとしてしまう。
「ローラだってさ、ばたばた断ってるじゃん……」
そこで思い出した。ローラは四百人以上いる告白してきた学生の名前を必死に覚えようとしていた。ちゃんと告白相手のことを真剣に考えていた。
ローラは至って真剣な目で、俺を見据える。その態度にも、言葉にも後ろめたさなんてあるわけなかった。
「同じように言わないでください。私のことを好きになって恋人になりたいと言ってくれたんです。私はちゃんと、皆さんになぜ私のことを好きになったのか聞いて、その上で断りました。今日はたまたま四百人以上の方と私の思いが噛み合いませんでした」
「あはは……じゃあ、噛み合ったら恋人になったの」
俺は呆れて肩の力が抜けたまま聞いていた。
「はい。もちろんです」
「そっか……え、えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
俺の大声で周りの学生が一斉に俺たちを見る。ローラも驚いて目を丸くしている。
けど、またあいつかという視点になって、学生たちは再び歩き始めた。
「ほ、本気? 旅の時に恋人作ってもいいの?」
「だって、ルールにダメとは書いてませんし」
「いや、でもさ……」
俺はローラにこっそりと耳打ちをする。近づいた瞬間、髪からふわりと甘い香りが漂ってきて、一瞬どきりとしてしまう。
「ローラは王女でしょ。ここの学生ってだいたい貴族だろうけど、平民もいるんじゃない。そういうのって王族的にどうなの」
するときょとんとした顔で、ローラは俺の顔を覗き込む。
「恋人になるのに身分が関係あるんですか?」
少し冷たい風が俺たちの間に吹いて、頬を撫でていく。
「え?」
「人を好きになるのに身分なんて関係ないじゃないですか、ラナの質問の意味がわかりません」
夕日を背にしたローラの言葉は、俺にとって聖典の一節のように聞こえた。
俺たちの間に吹いていた風がやんで、どこからか花の香りが漂う。
蜜に群がる蜂のように俺はローラに吸い込まれていく。
当たり前のことだ。俺はローラのことを好きになっていいんだ。そして、俺はローラに告白をしていいんだ。
「あのさ、ローラ!」
俺はすぐさまローラの手を握る。今この気持ちのまま勢いで伝えたい。
好きだと言いたい。恋人になりたいと言いたい。アクアガーデンまでなんて待てない。
「はい」
ローラの青い瞳を見つめると口が開かない。言葉が出てこない。
学生たちの勇気に驚愕する。告白がこんなに怖いとは思わなかった。
「また……学校に来ようよ。旅が終わったら」
当たり障りのない言葉で誤魔化す。
結局、俺はローラに告白し断られた四百人の中に入るかもしれない恐怖に勝てなかった。
「……あの、そのつもりですけども」
ローラは頭の上に疑問符を浮かべるように、眉をひそめた。
「そっか。え? あれ、でも学生って偽装工作って言ってなかったけ」
「計画上の話です。課題は郵便で提出しますし、ちゃんとフィールドワークはして論文を書きますよ。それで、旅が終わったら、王都からアルカーナに通って、時間はかかりますが卒業する予定です」
「…………」
ローラの生真面目さに俺は呆れて声がでなかった。これから壮絶な旅をしようとしているのに、学生として課題も研究もやろうとしている。
そして、卒業しようとしている。何年かかるんだろう。少なくとも一年程度ではないはずだ。
王女の試練に失敗すれば死が待っている。でも、ローラはぜんぜん死ぬ気なんてない。でないと卒業なんて言葉は出てこない。
「やっぱり嘘つきだ」
俺がそう言うと、ローラは腰に手を当てたまま素直にむすっとした顔をする。
「どういう意味ですか、今日のラナはよくわかりません。お腹が空きました。早くご飯にしましょう」
今日は何皿食べるんだろう。なんて考えて二人で歩く道は、いつもよりも明るく見えた。
「そういえば、告白されたのって一人ではなかったんですよね」
「あ、うん。三人とも告白してきたよ」
「…………」
「え、なに?」
「……なんでもありません。今日はいつもより食べたい気分です。いつものレストランにしましょう」
そう言ってローラはお気に入りの特大ハンバーグを十四皿完食した。
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