『第四話-魔法が使えないということ-』-4

□□□ 12日目(昼) エーテル王国 魔法都市アルカーナ



 マリーン先生は目の前の箱とその中にあるマナレス結晶を見て唖然としている。驚きすぎて、ズレたメガネを直すこともしない。


 俺たちは椅子に座るマリーン先生の前に二人並んで立っている。正直、まだ地に足のつかないふわふわした感はある。


「あ、あなたたち、これ……まさか取ってきたの?」


「はい。これ、俺たちが壊しちゃったから。あの、本当にごめんなさい」


「私もです。本当に申し訳ございませんでした」


 俺たちは並んで頭を下げて、マリーン先生の言葉を待っている。


「……ありがとう。気を使わせちゃったわね。……ねえ、少し座ってくれるかしら」


 促されるまま椅子に座る。マリーン先生がコーヒーを淹れるといって、砂時計みたいな器具をゆっくりと火にかけていた。とてもこだわりがあるんだろう、コーヒーを淹れるための器具とコーヒー豆の瓶が並んでいる。


「二人とも砂糖はいる?」


「「二つ入れてください」」


 声がかぶったのが面白かったのか、マリーン先生がくすりと笑った。


 コーヒーを入れながらゆっくりと話してくれる。


「うーんと、少しお説教っぽくなっちゃうけど、聞いてね。先週のことは本当に気にしてないわ。研究室内の事故で、管理責任者は私だから。もちろん、気に病んでしまうのは仕方ないわ。そういう年頃だもんね。で、危ないことしてない?」


「もちろんしていません。霊峰の麓にありましたし、地図を見て迷子になることもありませんし、行き帰りも定期便でした」


 ローラはすらすらと嘘をつく。流石だ。遭難しかけて、殺されかけているのに、安全と言い切ってしまうローラはすごい。


 こういう時、俺は黙ってローラに任せるしかない。


「なら良かったわ。まあ、ローラさんは来週からフィールドワークだし、良い経験かもね。それともう一つね」


「はい」


「盗み聞きは趣味が悪いからやめなさい」


 マリーン先生は咎める様子もなく、にっこりと微笑みかけてきた。今度はローラが驚いている。あの時、俺とローラが扉の前にいたことはとっくにバレていたみたいだ。


「えーっと、気づいていたんですか」


「理事長がね。私は探知が苦手だから気づかなかったわ。まさか、話を聞いただけで、探して採ってくるとは思わなかったけど」


 と言ってマリーン先生は苦笑いをする。俺たちに気を使うわけでもなく、素直に接してくれる優しさがあたたかい。


「……はい、すみませんでした」


 ローラはすぐに冷静さを取り戻し、反省した様子で頭を下げた。俺もつられて頭を下げる。マリーン先生は笑いながら、俺たちにコーヒーカップを差し出してくれた。湯気と共にほろ苦い香りが立ちこめる


「まあ、気にしないでいいわ。本当にありがとう。静寂のクリスタル……マナレス結晶がないと、次の論文間に合わなかったのは事実だし」


 マリーン先生はそう言って、マナレス結晶が納められた箱を愛おしそうに撫でる。


「この結晶は、私の研究にとっても、大陸の安全にとって非常に重要なの。今のアルカーナの技術だと採掘不可能だから、もう別テーマにするしかないと正直思ってたわ」


「え? そんなに貴重なものだったんですか」


 ローラが驚きの声を上げる。確かに図書館で調べた時も、一ページしか情報は載っていなかった。


「ええ。だから、壊れたことに気づいた時、正直、絶望したわ。でも、一教師として、あなたたちに責任がないことくらいわかってる。あーあ、不幸だー、世界滅べーって思うくらいしかできなかった。でも、あなたたちが見つけてきてくれた。本当に感謝しているわ」


 マリーン先生はコーヒーを一口飲むと、俺たちの顔を交互に見た。


 特に俺の顔をまじまじと見つめてくる。


「それで、ラナくん。あなた、マナレス結晶に触れるっては本当?」


「え、は、はい。普通に触れます」


 俺とローラは顔を見合わせる。霊峰で結晶に触れた時に確かに俺は普通に掴んでいた。


「この箱に入れられているということは、何かしらの器具が必要なんだけど、それこそ失われた技術を蘇らせるくらい異質なことしないとダメ。ローラさんはフォークで触れただけで壊れたと言っていたわね」


「はい。流れにくい素材を選びましたけどダメでした」


「つまり、ラナくんは魔力が極端に少ないのではなくて、本当に無い可能性もあるってことよね」


 マリーン先生の言葉はにわかには信じられない。けど、魔力が少ないのではなく、魔力そのものが存在しないからこそ、結晶に触れられることも、俺に魔法が効かないことも納得はできる。


「ねえ、すごいことよ。それって。あなたの特性についても研究したい。協力してくれない、ラナくん?」


「はい。お願いします」


 俺は即答した。自分の存在が、誰かの役に立つ。ローラが困っている人を助けたいと願うように俺も誰かのために力を尽くしたい。


 ローラと顔を合わせて笑いあった。


「よし、じゃあ、研究室での寝泊まりについて説明を……」


「あ、やっぱり無理です」


「ラナは私の護衛ですので。またの機会にお願いします」


 あやうく実験動物にされそうになるのを寸前で回避できた。


 けど、一つだけ疑問が残る。どうしてローラの治癒魔法が俺に効果があったんだろうということだ。


 治療魔法だけは特別なのか、ローラだけは特別なのか、でもこの事実はマリーン先生にもまだ伝えていない。俺とローラの秘密だから。


 俺たちは研究室を後にする。そして、教室へ向かう時、紺色のローブを纏った魔女とすれ違った。


「あら? ねえ、あなたたち」


 呼び止められて俺とローラは振り返る。


 背は厚底の靴を履いていない時のローラと同じくらい小柄だ。大きなとんがり帽子のせいで、顔はよく見えない。


「な、なんですか?」


 魔女のような格好をした女性は小さく呟いた。


「……なんでもないわ。似合わないなって思っただけ」


 それだけ言って、去っていく。そして、マリーン先生の研究室に入っていった。


「……どういうことでしょうか?」


 ローラは俺の顔を見て、首をかしげる。


「わかんない」


「……あれ? 今の方の声どこかで聞いた気がしたんですが……どこでしたっけ」


「そう。でもいいよ。意味なんていらないないさ」


 今さらに似合わないからなんだと言うんだ。そんなことはわかってる。俺はいつか絶対に、アクアガーデンで告白してやる。と少し控えめな決意を固めて、ローラと一緒に教室へ向かった。

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