『第二話-完璧な旅行計画-』−4
□□□ 8日目(昼) エーテル王国 魔法都市アルカーナ
ローラが編入してから一週間が経った。周りの人だかりは日に日に増えている。学級から、学年に波及し、ついには学園全体から常に人が見にくる始末だ。
一方で俺への質問攻めは完全に落ち着いた。それでも親しく話しかけてくれる女子学生は今でも五人ほどいる。
気を使ってくれてありがたいけど、ローラが危険な時に出遅れないか少し不安だからちょっと困ってはいる。
「ねえ、明日の休みにみんなで王都に行こうと思うんだけど、行こうよ。もちろんローラさんも一緒でいいから」
「あ、ちょっとその日は用事があって」
「じゃあ、明後日は?」
「明後日も……」
「ねえ、ほんとー? ラナくんっていつ休んでるの? うちの執事だって、二週に一回は休んでるよ」
「いや、休むとか休まないとかじゃないというか……」
俺は今日もこの女子学生に詰め寄られている。名前は覚えていない。たぶん、貴族の人だと思う。
研究室の中は大事な資料だとか、色々あるから入るなと言われて仕方なく扉の外で待っている。
ローラは研究室の先輩学生と仲良く話しているけど、内容はここまで聞こえてこない。けど、顔つきが真剣だから、きっと魔法についてだろう。真面目さに頭が下がる。
「ねえ、聞いてる?」
「え? あ、ごめん。聞いてなかった。なんだっけ」
「だから、みんなで王都に行こうって」
「ああー。いや、あんまりそんなことしてる時間なくて……」
その瞬間、女子学生は俺の服をぐいっと引っ張った。思わず正面から、女子学生の顔を見る。こんな顔をしていたんだと今さら気づいた。
「じゃあ、いつならいいの!」
俺が女子学生の声にびっくりしたのとほぼ同時に、研究室の中からがたんという何かが倒れる音がした。
顔を向けると、床に落ちたいくつかの本と倒れてくる大きな脚立、そして空中に放り出されたローラ。
女子学生の掴んでいた腕を振り払う。はずみで、尻もちをついてしまっているけど、今はそれどころじゃない。
頭で考えるよりも先に手をローラにかざして口が動く。
「<展開>フォース・フロート」
それは精霊序数と魔法配列を組み合わせた魔法詠唱。加護を受けた魔法使いが使える、現代で一番早い魔法の発動方法だ。
風がローラの体を支える。はずだった。
「え?」
何も起こらない。
何度も叫ぶけど、同じだ。魔法が発動しない。そもそも霊脈と交信している感覚がない。
理由を考えている場合じゃない。このままだとローラが床に叩きつけられる。頭から落ちたら、大怪我ですまない。
今どき魔法詠唱の原文なんて覚えているわけがない。魔法に頼らず自分で助けるしかない。
近くの棚に足をかけて、ローラめがけて斜めに飛ぶ。棚から本やらガラスケースが落ちて壊れる音が聞こえる。
「ローラ!」
落ちてくるローラを抱きかかえるけど体勢を変える暇もなく、自分の背中を下敷きにする。
迫り来る衝撃に備える。その時、大人の女性の叫び声が聞こえた。
「<開門>」
それは護符を使った魔術詠唱。現代の魔術で一番発動時間の短い詠唱だ。
俺とローラの周りに風がふわりと回る。そして、俺は背中から思いっきり机に叩きつけられ、壊しながら床に落ちる。背骨が押し込まれるような痛みがするけど、大したことはない。その少し後に、ローラがふわりと俺のお腹の上に落ちてくる。
「危ない!」
それが誰の声かはわからない。
けど、目を開いた瞬間に崩れて俺たちに倒れ込んでくる棚が見えて、咄嗟にローラの上に覆い被さった。
「<開門>」
もう一度、魔術詠唱。俺たちに倒れ込んでくる棚が空中でぴたりと止まる。
「早く逃げなさい!」
女性の声に押されながら、俺は背中の痛みを無視しながら、ローラを抱えて研究室の外に逃げる。
後ろでがたがたと棚が崩れる音と何かが割れる音が響く。
外に出てようやくローラの顔を見る。
「大丈夫!?」
ローラは唖然とした顔で、俺を見ている。見たところ、怪我はしている様子はない。
「はい、ありがとうございます。あ、あの……私……」
けど、にこりともせず、ぼーっとした顔で研究室の中を見ている。
「怪我はない?」
焦った顔で、背の高い女性が近づいてくる。この人の名前は覚えている。
「は、はい。マリーン先生。あの……私、えっと……」
「よかった」
赤いボブカットとグレーの瞳に縁無し眼鏡、灰色のスーツは性格を表すようにきっちりと着こなしている。
ローラの指導教員のマリーン・エミー先生だ。
立て続けに、魔術で俺たちを助けてくれたマリーン先生は、ローラの無事を確認して、安堵の表情を浮かべている。
大きな音を立てたことで、研究室の周りには人だかりができていた。
「話は後で聞くわ。まずはローラさんが無事で良かった。とりあえず片付けを……」
マリーン先生は研究室を見て言葉を失っている。
そして、俺はその惨状よりももっとショックなことを思い出した。
「なんで……」
魔法が使えない。体に異常はないはずで、詠唱も間違っていないはずだ。
反射的に口が動くほど体に染み付いているはずの魔法がまるで使えなかった。
それを自覚したとたんに、周囲の目の色が変わった気がした。そして、喧騒の中から冷たい女の子の声が聞こえた。
「なんだ。加護って嘘じゃない」
「え?」
誰が言ったかもわからない侮蔑の声。けど、それが俺に向け放たれた言葉ということだけはなぜかわかった。
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