魔王で女神で王女な君へ
てとら
『プロローグ-運命の選択-』
王族は女神様に選ばれた存在です。だからこそ、王女である私は命の使い方を決められています。
私の七歳の誕生日の夜です。お兄様が王位を継承された日からちょうど一月が経った日でした。
お兄様は私を玉座の間に呼びました。そこには神官長がいて、とても深刻な顔をされていました。
燭台の灯火に照らされたお兄様は私に選択肢を与えてくれました。お兄様は十七歳とは思えない落ち着いた様子で、私は王族として、王としてのあるべき姿に大変感服いたしました。
『ローラシアよ、そなたの体には魔王が封印されている。聖毒を飲み命を断つか、女神様の加護を受けるため王女の試練に挑むか。十七歳の誕生日までに、そなたが決めよ』
お兄様の言葉は青い絨毯に溶け込むほど静かなものでした。声色に優しさはなく、神託をそのまま告げているのだと理解しました。どちらにせよ、私たちの関係は兄弟ではなく、もう王族なのだと理解しました。
その日、私の運命が決まり、部屋の石柱が檻のようにも見えました。それでも、私には生きる希望があると安堵し、お兄様の言葉に異議を唱えることもありませんでした。
それに誰かが私の中にいることは薄々勘づいておりました。
『ここから出して。一緒にこの世界を壊しましょう』と、私が驚いたり、怖がったりするたびに囁いてくる声は幼い頃から聞こえていたからです。
声の正体が魔王だとわかり、いずれ聞こえなくなると思った時、私は胸を撫で下ろしました。その日の夜は初めて一人で眠れました。
□□□
十七歳の誕生日の朝、こっそりと王宮から旅立ちました。お兄様も神官長も見送ることはありませんでした。
初めて王宮の外に出て誰もいない王都の石畳を歩く中、たくさんのことを考えました。
エーテル王族の中でも、プレセウス家は女神様の加護を受けられる唯一の血筋です。
神代よりプレセウス家に生まれた女子は、魔王の力を封印し続けるのが使命。その使命を果たさなければ、王女として認められることもありません。魔王の復活を阻止するため、私が死ぬという判断は正しいのでしょう。
だから誰にも知られてはなりません。いくら魔法が発達し聖典の解析も進んだ現代でも、魔王の脅威は誰にも測れないのです。
これはエーテル王国にとっても、世界にとっても破滅をもたらす秘密なのです。
きっと誰もが思うでしょう。そんな危険な存在は死ぬべきだと。
しかし、身勝手とは思いますが、私にも生きたいという願望がございます。
私が生きていくためには、どんなに過酷でも王女の試練に挑むしかありません。
ルールは三つあります。
大陸にある五つの神殿を十ヶ月で巡る。
自ら助けを求めてはならない。
自ら助けると言った者以外に、知られてはならない。
「……きっと大丈夫です」
誰に言うでもなく私は明るく声を出してみました。
しかし、胸の奥底から暗い本音が滲み出てきます。
どう考えても不可能です。と。
計画通りに進んでも、十ヶ月という時間は短かすぎます。どうして、あと一ヶ月という猶予をくれないのでしょう。
道中、魔獣に遭遇したり、野盗に襲われる機会もあるでしょう。治安の良いエーテルですら、街の外に出る時は騎士か魔法使いが帯同するのが常識です。どうして、護衛をつけてはいけないのでしょう。
神殿は神秘を守るために、非常に入り組んだ経路でなければ辿り着けません。危険な山道や谷間の移動を強制されます。どうして、街の近くに造ってくれなかったのでしょう。
女神様の加護を受ける価値のある命であれば、自ら助けを求めなくても自然と誰かが助けてくれると言われています。しかし何の事情も聞かずに、見ず知らずの私を守ると申し出る方がいるとは思えません。どうして、事情を説明してはならないのでしょうか。
私は歩みを止め、明けの明星を探してしまいました。王都プレセウスの地理関係で明星を見れる確率は一万分の一です。
もちろん、見つけることはできません。
最も近い街である魔法都市アルカーナにいけば、毎日のように明けの明星が見れます。歩ける距離にあるのになぜ、これほど違うのでしょう。
思わず旅行カバンを握りしめてしまいました。
私は十七歳の誕生日までの十年間を、十八歳の誕生日を迎えるためだけに生きてきました。きっと同世代の方は働いたり、学校に通われることでしょう。
「私の名前はローラです。ローラ・プレシスです。十七歳です。私はローラ、ローラ、ローラ・プレシス……」
旅の間に使う偽名を何度も復唱します。咄嗟に名前を呼ばれて、反応できなければ怪しまれます。この二年間はローラとして生きてきたのですから、綻びはありません。
「大丈夫です」
弱く卑しい私の心は、どうしても願ってしまいます。
誰か助けてください。強くて優しい救世主様、どうか現れてくださいと。
それでも、涙を流してはいけません。私は大丈夫だと、言い聞かせながら王都の外へ向かいます。
□□□
そして、私はあの森であなたに出会ったのです。
最初は大声と共に飛び出してきたあなたに驚きました。だって、腰に剣を下げていて、一瞬野盗かと思ったのです。
私の旅はここで終わり、あっけない十七年間だったと。諦めそうになりました。
せめて殺される前に、首に下げた聖毒を飲んで自らケジメをつけようか思いました。
しかし、あなたはボロボロで、私に手を伸ばしたまま固まっていたのです。
何度、大丈夫ですかと声をかけても、『あ……』や『う……』と声を漏らすだけで不穏な様子でした。
そして、一言も話されず倒れてしまったあなたを見て、本当に心配しました。
「……助けないと」
私はうつ伏せに倒れたあなたに駆け寄りました。しかし、それは自分のためでもあったのです。実はあなたを助けることで、渇きが満たされるような気がしました。
見返りを求めるなんて、王女としてなんと卑しいものかと思われるでしょう。しかし、困っている人を誰か一人でもいいから助けたいのです。そして、誰か一人でもよいので私のことを覚えてほしいのです。
そうすれば、私の生きてきた十七年は無駄ではなかったと思えるからです。
『無駄だよ。上手くいくわけない。死ぬくらいなら、殺しちゃおうよ。好き勝手に生きようよ』
また、魔王は私を惑わします。それでも、私は必死に逆らうのです。
ダメです。そんな悪いことを考えてはいけません。と、心の中でなるべく穏やかに諭します。
あなたのお顔を見た時は、女性かと思いました。麗しい銀髪と白い肌、すらりとした手足。けれど、治療魔法を使うために、お体に触れた時、ごつごつした胸板や腕を見て、男性なのだと気づきました。
どことなく王宮で見ていた騎士たちのように静かで高貴な強さを感じました。
あなたのお名前はわかりません。なんというお名前でしょうか。目はどんな色でしょうか、声は、性格は。
私はあなたが目覚めることを祈り、魔法と声をかけ続けました。
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