第4話

 俺の意識は光の奔流に乗りエンシェントドラゴンの魂の世界へとダイブした。

 そこは言葉では表現できない幻想的な空間だった。

 無数の星々が輝く広大な宇宙のような場所。

 その一つ一つの星がドラゴンの記憶の断片であり感情の結晶なのだろう。


(すごい……。これが生命の根源……)


 俺は感動に打ち震えながらも本来の目的を忘れてはいなかった。

 この魂の宇宙の中心へと俺は意識を飛ばす。

 そこにはひときわ大きくそして黒い靄に覆われた巨大な太陽のような存在があった。

 ドラゴンの魂の核――ソウル・コアだ。


 黒い靄は茨のようにソウル・コアに絡みつきその輝きを蝕んでいた。

 橘の呪いだ。

 俺はその呪いの茨に意識を集中させた。


(こいつを引っこ抜くだけじゃダメだ。魂と深く結びつきすぎている。無理に剥がせばドラゴンの魂ごと傷つけてしまう)


 ならばどうするか。

 答えは一つしかない。


(呪いの構造そのものを『リマスター』する。邪悪なエネルギーを無害なものへと変換しそしてドラゴンの魂に還元するんだ)


 それはもはや治療というより錬金術に近い神の領域の所業。

 だが俺はやるしかなかった。


 俺は自分の魂の力を刃のように鋭く研ぎ澄ませると呪いの茨に斬りかかった。

 すると茨はまるで意思を持っているかのように俺に反撃してきた。


『――何者ダ。我ガ糧ヲ邪魔スルノハ』


 呪いの奥底から邪悪な意思の声が響く。


(橘の残した思念体か!)


 茨は黒い触手となり俺の魂を捕らえようと襲いかかってきた。

 魂の世界での戦い。

 ここでダメージを受ければ俺の精神は二度と現実世界には戻れないだろう。


 俺は必死に触手をかわしながら呪いの構造を解析し再構築の糸口を探る。

 それはまるで荒れ狂う嵐の中で一本の針に糸を通すような精密で困難な作業だった。


 ◇


 一方現実世界。

 俺の体は祭壇の間の中央で静かに横たわっていた。

 その顔は苦悶に歪み全身からは大量の汗が噴き出している。

 魂の世界での激しい戦いが肉体にも影響を及ぼしているのだ。


「翔琉……!」


 雫が悲痛な声を上げる。

 リナもサラマンダも固唾を飲んで俺の体を見守ることしかできない。


 その時だった。

 祭壇の間の入り口から複数の気配が急速に近づいてきた。


「来たかい!」


 リナが素早く戦闘態勢を取る。

 入り口から現れたのは黒いローブをまとった組織の戦闘員たちだった。

 その数はおよそ二十。

 橘が呪いを仕掛けた後この谷のどこかに潜伏していたのだろう。

 俺たちが呪いの解除を試みることを予測していたのだ。


「ふふふ。やはり現れましたね愚か者ども」


 先頭に立つのは仮面をつけた指揮官らしき男だった。


「エンシェントドラゴンを蝕む我らが『呪印』はそう簡単に解けるものではありませんよ。そして我らが主の計画を邪魔するあなたたちにはここで消えていただきます」


 男が手を振ると戦闘員たちが一斉に襲いかかってきた。


「させるか!」


 サラマンダが雄叫びを上げて迎え撃つ。

 彼女の竜の牙の短剣が鋭い軌跡を描き戦闘員の一人の喉を切り裂いた。

 リナも疾風となって敵陣に切り込みその神速の爪で敵を次々と屠っていく。

 雫も後方から強力な援護魔法を放ち敵の動きを封じる。

 三人の連携は見事だった。

 だが敵の数はあまりにも多い。


「くっ! きりがないぜ!」


 リナが叫ぶ。

 三人は俺の体を守るためにその場から動けない。

 徐々に包囲網が狭められていく。


「サラマンダ様! ここは我々も!」


 集落から駆けつけてきた竜人族の戦士たちが加勢しようとする。

 だが指揮官の男はせせら笑った。


「無駄ですよ。あなたたちの相手は別に用意してありますから」


 男が指を鳴らすと洞窟の天井から巨大な影がいくつも舞い降りてきた。

 それはワイバーンのような翼を持つドラゴンの亜種。

 だがその目は虚ろで体からは黒い靄が立ち上っている。

 組織の魔術で操られた哀れな魔獣たちだ。


「ぐわああ!」


 竜人族の戦士たちが操られた同胞に襲われ次々と倒れていく。

 状況は絶望的だった。


「……万事休すか」


 サラマンダが悔しげに唇を噛む。

 その琥珀色の瞳に諦めの色が浮かんだその時。


 ゴオオオオオッ!!


 祭壇の間全体が激しく揺れた。

 その揺れの中心は静かに横たわるエンシェントドラゴン。

 そして俺の体だった。


 俺の体から金色のオーラが奔流のように溢れ出し天を突く光の柱となった。


 ◇


 魂の世界。

 俺はついに呪いの核へとたどり着いていた。


(……見つけたぜ橘。お前の仕掛けた最低な置き土産の心臓部だ)


 俺は最後の力を振り絞り自分の魂の全てを込めた一撃を呪いの核へと叩き込んだ。


「――リマスター!!」


 俺の叫びと共に呪いの核がまばゆい光を放ち始める。

 黒い茨は聖なる金の鎖へと姿を変え邪悪なエネルギーは生命を育む温かい光へと再構築されていく。

 そしてその光はドラゴンのソウル・コアへと優しく注がれていった。


『……オオ……』


 ドラゴンの魂から感謝の意思が伝わってくる。

 俺の勝ちだ。


 ◇


 現実世界。

 俺の体から放たれた金色の光はエンシェントドラゴンの巨体を包み込んだ。

 ドラゴンを蝕んでいた黒い靄がみるみるうちに浄化されていく。

 色褪せていた黄金の鱗が本来の輝きを取り戻しその体には力がみなぎり始めた。


 そして。

 エンシェントドラゴンがゆっくりとその巨体を起こした。

 完全に復活を遂げたのだ。

 その黄金の瞳には理性の光とそして圧倒的な怒りの炎が宿っていた。


『――我が眠りを妨げ我が子らを傷つける愚かなる者どもよ。その罪万死に値する』


 復活した守護竜の咆哮が洞窟全体に響き渡った。

 それは絶対的な王の帰還を告げる雄叫び。

 組織の戦闘員たちはその圧倒的なプレッシャーを前にただ震えることしかできなかった。

 形勢は完全に逆転した。

 俺たちの反撃の狼煙が今上がったのだ。

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