第3話
俺はサラマンダそして心配そうに見守る雫とリナを伴い弱々しく横たわるエンシェントドラゴンの巨体へゆっくりと近づいた。
近づくにつれてドラゴンから発せられる黒い靄呪いの魔力が肌を刺すようにその濃度を増していく。
「……本当に大丈夫なのかい翔琉?」
リナが不安げな声で尋ねる。
「ああ。大丈夫だ」
俺は仲間たちを安心させるように力強く頷いた。
だが内心は不安でいっぱいだった。
これまで俺がリマスターしてきたのはあくまで無機物だ。
ダンジョンのような巨大なシステムも元を辿れば鉱物や魔力といった無機的なエネルギーの集合体。
だが今目の前にいるのは数千年の時を生きる生命そのものだ。
俺のスキルが本当に通用するのか。そしてもし失敗すれば……。
考えただけで背筋が凍るようだった。
「……人間。何をぐずぐずしている。早く始めろ」
俺の背後からサラマンダの冷たい声が飛んでくる。
彼女は俺を信用していない。ただ父である族長の命令に従いそして万が一の時には俺を即座に排除するためにそこにいるのだ。
俺は覚悟を決めた。
そしてエンシェントドラゴンの巨大な前足の色褪せた鱗にそっと手を触れた。
その瞬間。
(――ッ!?)
俺の脳内に凄まじい情報量が津波のように流れ込んできた。
それはドラゴンの数千年に渡る膨大な記憶。
生命の誕生世界の成り立ちそして悠久の時の中で彼が見てきたありとあらゆる光景。
喜び悲しみ怒りそして愛。
一個の生命が持つ情報の奔流に俺の意識は飲み込まれそうになった。
「ぐっ……う……!」
俺は歯を食いしばり必死に意識を保つ。
そしてその膨大な情報の中から俺が必要としている情報だけを探し出す。
彼の生命の設計図。魂の構造。
そしてそこに食い込んでいる異物呪いの正体を。
(……見つけた……!)
俺の目がついに呪いの根源を捉えた。
それはドラゴンの心臓近く魂の核とも言うべき場所にまるで黒い茨のように深く食い込んでいた。
それはただの魔力の塊ではない。
生命力を少しずつ吸い取りそれを糧としてさらに成長していく悪質な寄生型の呪術だった。
そしてその呪いの核からは微かにある人物の魔力の残滓が感じられた。
(……橘……恭弥……!)
間違いない。
この呪いを仕掛けたのはあの男だ。
王都から逃亡した後彼は密かにこの谷に侵入し守護竜にこの呪いを植え付けていったのだ。
竜の谷に眠る何かを手に入れるために。
「……翔琉! 大丈夫!?」
雫の悲痛な声で俺ははっと我に返った。
見ると俺の体はびっしょりと冷や汗で濡れていた。
ドラゴンの情報に触れていたのはほんの数秒。
だが俺の精神はフルマラソンを走りきったかのように消耗していた。
「……ああ。大丈夫だ。……呪いの正体が分かった」
俺は荒い息をつきながらサラマンダたちに向き直った。
「これは橘という男が仕掛けた寄生型の呪いです。ドラゴンの生命力を吸い取りそれをどこか別の場所へと転送している」
「生命力を転送……? 一体何のために……」
サラマンダが訝しげに眉をひそめる。
「分かりません。ですがこのままではあと数日のうちにエンシェントドラゴンは完全に生命力を吸い尽くされてしまうでしょう」
俺の言葉にサラマンダの顔から血の気が引いた。
「……治せるのかお前には」
彼女は絞り出すような声で尋ねた。
「……やってみます。ですがそのためには俺の意識をドラゴンの魂の内側へと送り込む必要があります。……俺が作業をしている間俺の体は完全に無防備になる。だから……」
俺は仲間たちとそしてサラマンダの顔を一人一人見回した。
「……俺の体を守ってください」
それは俺の全てを賭けた願いだった。
リナと雫は力強く頷いた。
「当たり前だぜ! 翔琉のことはあたしたちが絶対に守る!」
「心配しないで翔琉。あなたの帰る場所は私たちが守ります」
そしてサラマンダは。
彼女はしばらくの間俺の目をじっと見つめていたがやがてその腰に下げた竜の牙で作られた短剣を抜き放った。
「……分かった。……もしお前が本当にエンシェントドラゴン様を救ってくれるというのなら。このサラマンダの命と誇りに懸けてお前を守り抜こう」
彼女の琥珀色の瞳にはもう迷いはなかった。
俺の覚悟が彼女の頑なだった心を動かしたのだ。
「……ありがとうございます」
俺は短く礼を言うと再びエンシェントドラゴンに向き直った。
そして目を閉じ意識を深く深く沈めていく。
「――【ソウル・リマスター】」
俺のスキルが新たな領域へと足を踏み入れる。
俺の魂が光の粒子となりドラゴンの魂の世界へと旅立っていく。
それは誰も見たことのない禁断の領域へのダイブだった。
俺の意識が最後に捉えたのは俺の体を守るように円陣を組む三人の頼もしい仲間たちの姿だった。
――待ってろよドラゴン。
お前を蝕むそのくだらない呪いごと俺が完璧にリマスターしてやる。
俺の精神と魂を賭けた壮絶な戦いが今始まった。
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