第4話

 俺が【千里眼】を完成させた翌日。

 俺たちは、グレン室長に、その成果を報告するため、王宮特務研究室へと、足を運んでいた。

 シルヴァも、不承不承といった様子で、俺たちの後をついてきている。その表情は、昨日、俺のスキルを目の当たりにして以来、ずっと、不機嫌で、どこか、考え込んでいるようだった。


 研究室は、王城の地下深くに、秘密裏に設けられていた。

 内部は、様々な、見たこともない機械や、錬金術の道具が、所狭しと並べられており、白衣を着た研究員たちが、忙しそうに、行き交っている。


「おお、お待ちしておりましたぞ、神崎殿!」


 グレン室長が、部屋の奥から、満面の笑みで、俺たちを迎えてくれた。


「して、例の、探知機の調子は、いかがですかな? やはり、改良は、難しかったか……?」


 その口ぶりは、期待と、そして、半分は諦めが混じっているような、複雑なものだった。

 王国の、最高頭脳を集めても、解決できなかった問題だ。たった一日で、どうにかなるものではないと、彼も、心のどこかでは、思っていたのだろう。


 俺は、何も言わずに、リマスターした【千里眼】を、彼の前に、差し出した。


「……ほう。これが。見た目は、あまり、変わっておらんようですが……」


 グレンは、訝しげに、それを受け取ると、隣にいた、若い研究員に、目配せをした。

 研究員は、頷くと、鑑定用の、大きな水晶玉の前に、【千里眼】を、設置する。


「では、早速、性能テストを、開始します。エネルギー源は、標準的な、Eランクの魔石を、使用。……システム、起動」


 研究員が、スイッチを入れると、【千里眼】の中央にある水晶が、静かな、しかし、力強い、青白い光を放ち始めた。

 その光は、鑑定用の水晶玉に、吸収され、室内に設置された、巨大なモニターに、探知結果が、表示される仕組みだ。


 モニターには、最初、真っ暗な画面が、映し出されていた。

 だが、次の瞬間。

 その画面に、無数の、色とりどりの光点が、爆発的に、表示された。


「なっ……!?」


 研究員たちが、一斉に、息を呑む。

 モニターに表示されていたのは、この王城全体の、完璧な、立体マップだった。

 そして、その中を、動き回る、無数の光点。

 それは、城内にいる、全ての人間の、魔力の痕跡を、リアルタイムで、捉えていた。


「ば、馬鹿な……! 探知範囲が、半径5キロメートルを超えている……! 城内どころか、王都の一部まで、完全に、カバーしているぞ!」

「魔力の識別精度も、異常だ! 一人一人の、魔力量の差だけでなく、その属性まで、色分けで、表示されている……!」

「そして、何より、エネルギー消費量が、信じられないほど、低い! Eランクの魔石一つで、この性能を、維持しているだと……!? ありえない! 計算が、合わん!」


 研究員たちは、目の前で起きている、信じられない現象に、完全に、パニックに陥っていた。

 グレン室長も、その口を、あんぐりと開けたまま、モニターと、【千里眼】を、何度も、見比べている。


「……神崎殿。……これは、一体、どういう、魔法ですかな……?」


 彼は、震える声で、俺に、そう、尋ねた。


「魔法じゃありませんよ。ただ、無駄の多い設計を、少しだけ、効率的に、組み直しただけです」


 俺は、肩をすくめて、そう、答えた。

 その言葉が、彼らの、技術者としてのプライドを、どれだけ、打ちのめしたかは、想像に難くない。


「……素晴らしい……。いや、もはや、神の御業だ……!」


 グレンは、やがて、感嘆のため息をつくと、俺の肩を、力強く、掴んだ。


「神崎殿! 君は、天才だ! いや、天才という言葉ですら、生ぬるい! 君さえいれば、我が国の技術レベルは、あと数百年は、前進するだろう! どうか、このまま、我が研究室に、残ってはくれんか! 君が望むなら、どんな地位も、名誉も、約束しよう!」


 その、あまりにも、熱烈な勧誘に、俺は、思わず、後ずさりしてしまった。


「い、いや、俺は、探索者なので……」


「何を言うか! 君のような、至宝を、危険なダンジョンになど、行かせるわけには、いかん! 君は、この国が、総力を挙げて、保護すべき、人間国宝なのだ!」


 グレンの、暴走気味な言動に、雫とリナが、慌てて、俺との間に、割って入る。


「落ち着いてください、グレン室長。翔琉は、私たちの、大切なパートナーです。彼の意思を、無視するようなことは、おやめください」

「そうだそうだ! 翔琉は、あたしたちと一緒に、ダンジョンに行くんだい! 研究室なんかに、閉じ込めてたまるか!」


 二人が、必死に、俺を、庇ってくれる。

 その様子を、部屋の隅で、シルヴァが、複雑な表情で、見ていた。

 彼の、あの、自信に満ち溢れた、エリート騎士の顔は、そこにはない。

 ただ、自分の理解を、遥かに超えた、圧倒的な才能を前にして、呆然と、立ち尽くす、一人の、若者の顔が、そこにあった。


 俺は、そんな彼に、あえて、声をかけた。


「……どうだ、シルヴァ卿。これで、俺が、ただの、口先だけの男ではないことくらいは、分かってもらえたか?」


 俺の言葉に、シルヴァは、はっとしたように、顔を上げた。

 彼は、しばらくの間、俺の顔を、じっと、見つめていたが、やがて、何かを、振り払うように、顔を、そむけた。


「……ふん。小賢しい、技術を持っていることだけは、認めてやろう。だが、それと、ダンジョンでの実力は、別問題だ。……せいぜい、モンスターに食われんよう、せいぜい、その、おもちゃを、大事に、使うことだな」


 彼は、まだ、素直に、俺を認めることは、できないらしい。

 強がりだと、分かってはいても、その態度は、やはり、少し、腹が立つ。


 だが、俺は、そんな彼に、不敵な笑みを、返してやった。


「ああ、もちろんだ。……そして、あんたにも、見せてやるよ。この『おもちゃ』が、あんたの、その、ピカピカの剣よりも、よっぽど、役に立つってことをな」


 俺の、その言葉は、明確な、宣戦布告だった。

 技術だけじゃない。

 ダンジョンでの、実戦でも、俺たちのやり方で、あんたを、超えてみせる。

 俺と、シルヴァの間に、新たな、火花が、散った。


 グレン室長は、そんな俺たちの、一触即発の雰囲気を、楽しそうに、眺めている。


「はっはっは! 若い、というのは、良いものですな! ……よろしい。では、神崎殿。その、素晴らしい探知機――【千里眼】の、実戦での、活躍、期待しておりますぞ!」


 こうして、俺たちは、王国の最高技術を結集した、研究室の人間たちを、完全に、黙らせることに、成功した。

 そして、それは、同時に、新たな、厄介な、ライバルとの関係が、本格的に、幕を開けたことを、意味していた。


 次の舞台は、『賢者の叡智ソフィア・アーカイブ』。

 生ける迷宮で、俺たちの、本当の実力が、試される時が、来たのだ。

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