第3話

 グレン室長が部屋を去ってから、数時間後。

 約束通り、王宮特務研究室の者たちが、台車を押して、大量の機材と、一つの、アタッシュケースを運び込んできた。

 ケースの中には、グレンが話していた、新型魔力探知機の試作品が、厳重に収められていた。


「ふむ……。これが、現物か」


 俺は、試作品を手に取り、じっくりと観察する。

 外見は、掌に収まるほどの、複雑なレンズと歯車が組み合わさった、精密機械といった趣だ。中央にはめ込まれた水晶が、魔石のエネルギーを受けて、微かに光っている。


「どうだい、翔琉? やれそうかい?」


 リナが、俺の隣から、興味深そうに、それを覗き込む。


「ああ。設計図を見て、気になっていた箇所が、いくつかあったんだが……やはり、実物を見ると、よく分かる。……これは、ひどいな」


 俺は、思わず、苦笑いを漏らした。

 確かに、一つ一つの部品や、魔術回路の理論は、最高レベルのものだ。

 だが、それらを繋ぎ合わせる『設計思想』が、あまりにも、ちぐはぐだった。

 例えるなら、最高級の食材を、それぞれの特性を全く考えずに、一つの鍋に、ごちゃ混ぜに放り込んだようなもの。これでは、美味しくなるはずがない。


「エネルギー効率が悪いのは、当然だ。魔力の流れが、あちこちで、渋滞を起こしている。これじゃ、ほとんどのエネルギーが、熱に変わって、無駄に消費されていくだけだ」


「……つまり、あんたなら、もっと、上手くやれるってことかい?」


「ああ。任せておけ」


 俺は、自信を持って、頷いた。

 俺は、研究室の者たちが運び込んだ、様々な工具や、予備の部品を、作業台の上に広げ始めた。

 本格的な『リマスター』を始める前に、まずは、物理的に、部品の配置を、最適化する必要がある。


 その様子を、部屋の隅から、腕を組んだまま、冷ややかに見つめている男がいた。

 シルヴァ・フォン・ヴァレンシュタインだ。


「……ふん。付け焼き刃の知識で、グレン殿の研究成果を、弄くり回すか。平民の、浅知恵というやつだな。壊して、泣きつかないことだ」


 聞こえよがしに、彼は、そう、吐き捨てた。

 その言葉に、リナが、カッと、頭に血を上らせる。


「てめえ、さっきから、黙って聞いてりゃ……!」


「まあ、待て、リナ」


 俺は、そんなリナを、片手で制した。

 そして、シルヴァの方を、振り返りもせずに、言った。


「……口を動かす前に、自分の目で、見たらどうだ? 本物が、どういうものか、っていうのをな」


「……何?」


「あんたが、俺たちを、どう思おうと、勝手だ。だが、俺たちの実力まで、見誤るようなら、あんたは、騎士団のエースどころか、ただの、節穴のボンボンだぜ」


 俺の、挑発的な言葉に、シルヴァの眉が、ぴくりと動いた。

 部屋の空気が、さらに、張り詰める。

 だが、彼は、それ以上は、何も言わず、ただ、忌々しげに、舌打ちをするだけだった。


 俺は、そんな彼を、意にも介さず、作業に集中した。

 ピンセットを使い、探知機の内部にある、極小の魔術回路を、一つ、また一つと、取り外していく。

 そして、俺の頭の中にある、最適な設計図通りに、それらを、再配置していくのだ。


 魔力の流れを、川の流れに例えるなら、俺がやっているのは、治水工事のようなものだった。

 無駄に蛇行していた川筋を、まっすぐにし、淀んでいた箇所に、バイパスを作る。

 そうすることで、水――つまり、魔力は、一切の抵抗なく、スムーズに、目的地まで、到達することができる。


 数時間後。

 俺は、物理的な、再構築を、ほぼ、終えていた。

 外見上は、ほとんど変化はない。だが、その内部構造は、もはや、全くの別物となっていた。


「……よし。ここからが、本番だ」


 俺は、深呼吸を一つすると、再構築した探知機に、両手をかざした。

 雫とリナが、固唾を飲んで、見守っている。

 シルヴァも、いつの間にか、壁から背を離し、俺のやろうとしていることを、訝しげに、しかし、食い入るように、見つめていた。


 ――【アイテム・リマスター】


 スキルを発動させた、瞬間。

 俺の手のひらが、眩い光に包まれる。

 その光が、探知機全体を、覆い尽くしていく。


 物理的に再配置された部品たちが、光の中で、一度、溶け合うように、その輪郭を失う。

 そして、俺の魔力が、それらを、分子レベルで、完璧に、繋ぎ合わせていく。

 部品と部品の間にあった、ミクロ単位の隙間が、完全に、埋められ、一つの、完璧な『個』として、再誕する。


 さらに、俺は、ダンジョンで手に入れた、希少な素材を、いくつか、光の中へと、投入した。

『疾風トカゲの革』から抽出した、衝撃吸収の繊維。

『ミスリル銀』の、微細な粒子。

 それらが、魔術回路の、コーティング剤として、機能し、その強度と、伝導効率を、飛躍的に、向上させていく。


 光が、ゆっくりと、収まっていく。

 俺の手の中に残されたのは、以前よりも、明らかに、洗練された輝きを放つ、一つの魔道具だった。


 見た目は、ほとんど変わらない。

 だが、その内包する魔力の質と密度は、もはや、別次元のそれだった。


「……できたぞ」


 俺は、額の汗を拭い、完成した、新しい魔力探知機を、掲げた。


千里眼クレアボヤンス

 ランク:A

 効果:

 ・超広範囲魔力探知(半径5km)

 ・魔力種別・属性識別機能

 ・擬態・隠蔽看破(高)

 ・簡易マッピング機能

 …探知した魔力の位置情報を、立体的に表示する。

 ・低燃費稼働(通常魔石で、約24時間稼働可能)


 Aランクの、超高性能アーティファクトが、ここに、誕生した。

 エネルギー効率の問題は、完全に、クリアした。それどころか、元の性能を、遥かに凌駕する、おまけまで、ついてきている。


「……これが、翔琉の……」


 リナが、感嘆の声を漏らす。

 雫も、その完璧な魔力の流れに、息を呑んでいるようだった。


 そして。

 部屋の隅にいた、シルヴァが、ゆっくりと、こちらに、歩み寄ってきた。

 彼は、信じられない、という表情で、俺の手の中にある【千里眼】と、俺の顔を、交互に見ている。


「……馬鹿な。ありえない……。これは、一体、どういう……原理だ……?」


 彼の、騎士としての、エリートとしての、これまでの常識が、今、目の前で、木っ端微塵に、打ち砕かれている。

 プライドの高い彼にとって、それは、屈辱以外の、何物でもないだろう。


 俺は、そんな彼に向かって、にやりと、笑いかけた。


「どうだ、騎士様? これが、あんたの言う、『平民の浅知恵』の、成果だが?」


 俺の、その言葉に、シルヴァは、ぐっと、唇を噛み締め、何も、言い返すことが、できなかった。

 彼の、整った顔は、屈辱と、そして、ほんの少しの、未知なるものへの『畏怖』の色で、赤く染まっていた。


 この瞬間、俺は、確信した。

 この、一筋縄ではいかない、天才騎士との関係も、ほんの少しだけ、変えることが、できるかもしれない、と。

 力だけではない。

 俺の、この『技術』で、彼の、その凝り固まったプライドを、打ち砕き、認めさせてやる。

 俺たちの、王都での戦いの、第一ラウンドは、俺の、完全な勝利で、幕を開けたのだった。

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