第2話
赤松たち生き残りと合流した俺たちは、ダンジョンのさらに深く、地下へと向かう隠し通路を発見した。
俺の分析通り、この通路の先に、古代の制御装置が眠っているはずだ。
「……ここか。これほどの規模のダンジョンだ。管理するための施設が、あってもおかしくはないと思っていたが……」
赤松が、壁に刻まれた古代文字を見ながら、専門家のような口調で呟いた。彼はAランク探索者として、それなりの知識は持っているようだ。だが、その表情は、依然として暗い。
「翔琉……だったか。いや、神崎君。君は、どうして、この場所が分かったんだ?」
道中、彼は、初めて俺を名前で呼び、そう問いかけてきた。その口調には、以前のような傲慢さはなく、純粋な疑問と、そして、俺に対する畏敬のようなものが含まれていた。
「俺のスキルは、アイテムの構造を分析するだけじゃない。ダンジョンのような、巨大な構造物の、魔力の流れや、エネルギーラインを読むこともできる。ただ、それだけだ」
俺は、素っ気なく答えた。
彼に、馴れ馴れしくされるのは、まだ、虫唾が走る。
「……そうか。我々は、君のスキルの、ほんの上辺しか、見ていなかった、というわけか……」
赤松は、自嘲するように、そう呟くと、それ以上は、何も聞いてこなかった。
彼なりに、自分の犯した過ちの大きさと、俺という存在を見誤っていた事実を、噛み締めているのだろう。
通路を抜けた先は、巨大なドーム状の空間になっていた。
中央には、巨大な水晶のようなものが鎮座しており、それが、淡い青白い光を明滅させている。そして、その周りを、いくつものリング状の機械が、ゆっくりと回転していた。
間違いなく、ここが、このダンジョンの制御室だ。
「すごい……! これが、古代文明の……」
リナが、感嘆の声を上げる。
だが、俺たちは、すぐに、この部屋の異常さに気づいた。
中央の水晶――制御コアの光は、弱々しく、今にも消えそうだ。そして、周りを回るリング状の機械は、火花を散らし、いくつかは、完全に機能を停止している。
「やはり、橘の奴が、ここも破壊していたのか……!」
俺が、歯噛みする。
このままでは、制御装置が、完全に沈黙するのも、時間の問題だろう。
「翔琉、どうにかならないのかい!? あんたのスキルなら……!」
「……やってみるしかない」
俺は、覚悟を決めて、制御装置の中心部へと近づいた。
装置に手を触れ、【アイテム・リマスター】を発動させる。
脳内に、凄まじい量の情報が、洪水のように流れ込んできた。
(……くっ! なんだ、この複雑な構造は……! これまでの、どんなアイテムとも、レベルが違う……!)
それは、もはや、一つの機械というより、一つの『生態系』に近かった。
無数のエネルギーラインが、複雑に絡み合い、相互に影響し合っている。橘が破壊したのは、その中の、ほんの数本のメインライン。だが、それによって、全体のバランスが崩れ、システム全体が、ドミノ倒しのように、崩壊へと向かっているのだ。
「……無理だ。これを、俺一人のスキルで、完全に修復するのは……情報量が、多すぎる……!」
俺の額から、冷や汗が噴き出す。
初めて、俺のスキルでも、どうにもならないかもしれない、という壁に、ぶち当たっていた。
その時だった。
「――一人で、背負うな」
俺の背中に、そっと、手が置かれた。
雫だった。
「君のスキルが、システムの構造を『見る』ことができるのなら、私に、その情報を共有しろ。私の魔法演算能力を使えば、君の脳の負担を、少しは、軽減できるはずだ」
「雫……! しかし、そんなことをすれば、君の精神に、どれだけの負荷が……!」
「君を、信じているからだ。それに、私は、君のパートナーだろう?」
彼女は、静かに、しかし、力強く、そう言った。
俺は、彼女の覚悟を、受け入れるしかなかった。
「……分かった。頼む、雫!」
俺は、雫の手に、自分の手を重ねた。
そして、俺が見ている、制御装置の設計図の情報を、テレパシーのように、彼女の脳へと、直接送り込む。
「ぐっ……!」
雫の顔が、苦痛に歪む。
だが、彼女は、歯を食いしばり、それに耐えた。
そして、彼女の脳が、俺の補助記憶装置(外部ストレージ)のように機能し始め、膨大な情報を、整理・分類していくのが、手に取るように分かった。
「……リナ! 赤松さん! 俺たちに、時間をくれ! 何が来ても、この場所を、死守してくれ!」
「おうさっ! 任せときな!」
「……承知した。命に代えても、守り抜こう」
リナと赤松、そして、生き残りのクランメンバーたちが、俺と雫を守るように、制御室の入り口に、防御陣形を敷いた。
俺と雫は、二人で一人となり、制御装置の修復に、全神経を集中させる。
(損傷した、エネルギーラインは、全部で5本。うち、3本は、完全に断線している。残りの2本も、かろうじて繋がっているだけだ……)
(まず、予備のラインに、エネルギーを迂回させる。それと同時に、断線したラインを、周囲の素材を使って、再構築する……!)
俺は、近くに転がっていた、ゴーレムの残骸や、壊れた機械部品を、スキルで分解し、修復のための素材へと変えていく。
雫は、俺の思考を先読みし、修復に必要な、魔力の流れのシミュレーションを、高速で、脳内で行っていた。
その時だった。
ドォォン!という、大きな爆発音が、入り口の方から、聞こえてきた。
「翔琉! 雫姉! 来やがったぜ!」
リナの、緊迫した声が響く。
見ると、通路の奥から、大量のモンスターが、津波のように、押し寄せてきていた。
その中には、ひときわ大きな影――暴走状態のまま、ここまで俺たちを追ってきた、サラマンダーの姿もあった。
「グルルルォォォォッ!!」
「くそっ! やはり、ここを嗅ぎつけてきやがったか!」
赤松が、忌々しげに吐き捨てる。
「全員、構えろ! ここは、絶対に、通さん!」
リナと赤松たちが、死に物狂いで、モンスターの群れを、食い止める。
だが、その数は、あまりにも、多すぎた。
「ぐわっ!」
クランメンバーの一人が、モンスターの爪に弾き飛ばされる。
防衛ラインが、少しずつ、後退させられていく。
「翔琉! 雫! まだか!?」
赤松の、悲痛な叫びが、俺たちの背中に突き刺さる。
「……もう少しだ! あと、少し……!」
俺は、歯を食いしばり、最後のエネルギーラインの接続を、試みる。
だが、その時、俺の脳裏に、一つの、絶望的な事実が、浮かび上がった。
(……ダメだ。素材が、足りない……!)
最後のラインを、完全に修復するための、特殊な『魔力伝導体』が、この場には、存在しない。
このままでは、修復は、99%で、失敗に終わる。
そして、制御装置は、完全に、沈黙するだろう。
万事休すか――。
俺が、諦めかけた、その時だった。
「……これを、使え」
俺の隣で、か細い、しかし、凛とした声が、響いた。
声の主は、赤松だった。
彼は、モンスターの攻撃で、肩から血を流しながらも、俺の隣に、いつの間にか、立っていた。
そして、彼が、俺の目の前に差し出したものを見て、俺は、絶句した。
それは、彼の、折れた剣。
彼が、Aランク探索者として、長年愛用してきた、クランの象徴でもある、真紅の魔剣だった。
「……赤松……?」
「この剣は、希少金属『ヒヒイロカネ』と、竜の心臓を素材に作られた、最高の魔力伝導体だ。……今の、ワシには、もはや、これを持つ資格はない。だが、この剣が、お前の、そして、この街の未来を切り拓くための、礎となるのなら……本望だ」
彼は、そう言うと、自らの手で、その魔剣を、制御装置の、断線した部分へと、深々と、突き刺した。
ビビビビッ!
剣が、触媒となり、途絶えていたエネルギーラインが、眩い光を放ちながら、繋がった。
制御コアの、弱々しかった光が、力強い輝きを取り戻していく。
ドーム全体が、大きく揺れ、装置が、再起動の音を、高らかに鳴り響かせた。
「……やった……! 再起動、成功だ……!」
俺は、その場に、へたり込んだ。
赤松は、満足そうな笑みを浮かべると、俺の肩に、ぽん、と手を置いた。
「……礼を、言う。神崎、翔琉」
その瞬間、暴走していた火山活動が、嘘のように、静まっていくのが、肌で感じられた。
モンスターたちの動きも、明らかに、鈍くなっている。
俺たちは、勝ったのだ。
この、絶望的な状況を、覆したのだ。
だが、俺たちの戦いは、まだ、終わってはいなかった。
制御室の奥の暗闇から、一つの、拍手を送る音が、響き渡った。
「――素晴らしい。実に、素晴らしいショーでしたよ、神崎翔琉君」
そこに立っていたのは、この全ての元凶。
銀色のローブを翻し、優雅な、しかし、心の底から、俺たちを嘲笑う、あの男。
「まさか、本当に、この状況を、覆してしまうとは。あなたのそのスキル……やはり、危険すぎますね」
橘恭弥が、その忌まわしい姿を、ついに、俺たちの前に、現したのだった。
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