3章 灼熱の決戦と、黒幕の影
第1話
灼熱の火山は、もはやダンジョンというより、地獄の釜の底そのものだった。
空気は、肺を焼くほどの熱気を帯び、壁や床の至る所から、真っ赤なマグマが、間欠泉のように噴き出している。
「くそっ! 道が、ほとんど溶けてやがる!」
リナが、舌打ちしながら叫ぶ。
俺たちは、生き残った『グリフォンズ・ティア』のメンバーの案内で、なんとかダンジョン内部に侵入したものの、その惨状は、想像を遥かに超えていた。
「翔琉、このままだと、ダンジョンの構造自体が、崩壊する! 急がないと、俺たちも、ここに生き埋めだ!」
案内役の男が、半ばパニックになりながら、そう訴える。
「落ち着け! 俺が、ルートを探す!」
俺は、焦る気持ちを抑え込み、スキルを発動させる。
【アイテム・リマスター】の分析能力を、ダンジョン全体へと広げ、その構造と、魔力の流れを読み取る。
(……ダメだ。橘の奴、ダンジョンのエネルギーラインを、意図的に破壊しやがった。だから、魔力が暴走して、火山活動が活発化しているんだ)
橘の仕掛けた罠は、想像以上に悪質で、巧妙だった。
このままでは、本当に、ダンジョンが崩壊し、大規模な噴火が街を襲うだろう。
(……だが、待てよ。この魔力の流れ……不自然なほど、一つの場所に、集中している箇所がある。まるで、ダムが決壊して、全ての水が、一つの場所に流れ込んでいるみたいだ……)
俺は、その魔力の終着点を探る。
それは、ボスのいる最深部とは、別の場所。ダンジョンの、さらに地下深くにある、巨大な空洞だった。
「……あった! 活路は、ある!」
俺は、顔を上げた。
「このダンジョンには、元々、火山活動を抑制するための、古代の『制御装置』が存在するはずだ! 橘は、エネルギーラインを破壊したが、その制御装置自体は、まだ生きている可能性がある! そこへ行って、システムを再起動できれば、この暴走を止められるかもしれない!」
「本当か、翔琉!?」
「ああ! ルートは、俺が作る! 二人とも、ついてきてくれ!」
俺は、魔力の流れを頼りに、最も安全で、最短のルートを導き出す。
だが、その道中も、決して楽なものではなかった。
「グルルルァァァッ!!」
「ヘルハウンドの群れだ! しかも、なんだい、あいつら! 体が、マグマみたいになってるぜ!」
暴走した魔力の影響で、ダンジョン内のモンスターたちも、異常な進化を遂げていた。
全身が溶岩と化したヘルハウンドが、涎の代わりにマグマを滴らせながら、俺たちに襲いかかってくる。
「雫! 足止めを!」
「言われるまでもない! 《フロスト・プリズン》!」
雫が、極低温の氷の牢獄を生成し、ヘルハウンドの群れを閉じ込める。
ジュウウウウッ!と、氷とマグマがぶつかり合い、大量の水蒸気が発生して、視界を奪った。
「リナ! この蒸気に紛れて、側面から叩け!」
「おうさっ!」
リナは、【テンペスト・グリーヴ】を起動させ、蒸気の中を、音もなく駆け抜ける。
そして、敵の側面へと回り込み、神速の斬撃で、ヘルハウンドの首を次々と刎ね飛ばしていった。
俺たちの連携は、もはや阿吽の呼吸だった。
だが、倒しても倒しても、強化されたモンスターは、次から次へと湧いてくる。
俺たちの体力と魔力は、着実に削られていった。
そんな、絶望的な状況の中。
俺たちは、一つの広間で、信じられない光景を目にした。
「……赤松……!」
広間の中央で、数体のモンスターに囲まれ、孤立無援で戦っていたのは、あの、『グリフォンズ・ティア』のリーダー、赤松龍司だった。
彼の誇りであった真紅の鎧は、無残に砕け散り、その体は、無数の傷で覆われている。
生き残っているクランメンバーは、彼の他に、もう二人しかいなかった。
「はぁ、はぁ……! くそっ、ここまで、なのか……!」
赤松は、折れた剣を杖代わりに、なんとか立ち上がっているのが、やっとの状態だった。
その瞳には、かつての傲慢な光はなく、死を覚悟した者の、諦めの色が浮かんでいる。
「……助けるぞ」
俺が、短く呟くと、雫とリナは、黙って頷いた。
案内役の男が、「し、しかし……!」と何かを言いかけたが、俺は、それを手で制した。
「リナ、右翼のモンスターを頼む! 雫は、左翼の敵に、牽制の魔法を! 俺は、こいつらと一緒に、正面から突っ込む!」
俺は、案内役の男と、広間の入り口でかろうじて生き残っていた、もう一人のクランメンバーに、指示を出す。
「お、俺たちが、か……?」
「ああ。お前たちにも、まだ、戦う力は残っているはずだ。ここで、無様に死ぬか、最後まで足掻いて、生き残るか。選べ」
俺の言葉に、二人の男は、はっとしたように顔を上げると、覚悟を決めた表情で、武器を握り直した。
「「――行くぞッ!!」」
俺たちの、絶望的な状況からの、反撃が始まった。
リナが、疾風となって、敵陣に切り込み、雫の氷魔法が、敵の動きを的確に鈍らせる。
そして俺は、生き残りの二人に指示を出しながら、彼らと共に、赤松を救うべく、正面突破を試みた。
俺は、ガラクタから生成した《ジャンク・シールド》で、モンスターの攻撃を防ぎながら、叫んだ。
「赤松! 聞こえるか! 俺だ、翔琉だ!」
俺の声に、赤松は、信じられない、といった表情で、顔を上げた。
「……か、んざき……? なぜ、お前が、ここに……?」
「お前を、笑いに来たんだよ。Aランククランのリーダー様が、無様に死んでいく様を、特等席でな!」
俺は、わざと、挑発するような言葉を投げかける。
「……ふ、ふざけ、るな……! 俺は、まだ、死なん……!」
俺の言葉が、彼の折れかけていた心に、最後の火を灯した。
赤松は、残された全ての力を振り絞り、咆哮と共に、目の前のモンスターに、折れた剣を突き刺した。
その隙を、俺たちは見逃さなかった。
俺たちは、一斉に、赤松を取り囲んでいたモンスターに襲いかかり、数秒のうちに、それらを殲滅した。
「……はぁ、はぁ……」
敵を全て倒し、静寂が戻った広間で、赤松は、その場に膝から崩れ落ちた。
「……なぜ、助けた。俺は、お前に、あれほどの仕打ちを……」
彼は、絞り出すような声で、そう尋ねた。
俺は、そんな彼を、冷たい目で見下ろしながら、言った。
「言ったはずだ。俺が助けるのは、この街だ。お前には、まだ、死なれては困る。この地獄の責任者として、最後まで、働いてもらうからな」
俺は、回復ポーションを、彼の足元に投げ捨てた。
「……飲め。そして、立て。まだ、やることは、残っている」
赤松は、しばらくの間、呆然と、俺の顔を見上げていたが、やがて、その目から、一筋の涙がこぼれ落ちた。
それは、悔しさか、情けなさか、あるいは、感謝か。
俺には、分からなかった。
彼は、黙ってポーションを飲み干すと、ふらつきながらも、自らの足で、立ち上がった。
かつての傲慢なAランク探索者の姿は、そこにはない。
ただ、自分の犯した過ちの大きさに打ちひしがれ、それでも、最後まで足掻こうとする、一人の、惨めな男が、そこにいるだけだった。
俺たちは、こうして、予期せぬ形で、一時的な共闘関係を結ぶことになった。
目指すは、ダンジョンの最深部。
この未曾有の危機を止めるための、古代の制御装置が眠る、希望の場所へ。
そして、その先で、この全ての元凶である、あの男が、待ち受けていることも知らずに。
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