第3話
「俺のスキルを……あなたの、ためにだけ?」
氷室雫から放たれた言葉の意味を、俺はすぐには理解できなかった。
さっきまで、俺のスキルはクランのリーダーから「ゴミ」だと罵られ、存在価値すらないと切り捨てられたばかりだ。それが今、目の前の美少女は「宝物だ」と言い、自分だけのものにしたいと告げている。
あまりの落差に、頭がついていかない。
俺が困惑していると、雫はふいと視線をそらし、少しだけ早口に言った。
「勘違いしないでほしい。これは、私自身の利益のため」
彼女は自分の腕にはめられた、白銀に輝く腕輪に触れる。
「私の魔力は、人より少し……いや、かなり大きい。普通の魔道具では、私の魔力に耐えきれずにすぐに壊れてしまう。だから、これまではずっと力を抑え続けてきた」
なるほど、と俺は思った。彼女が「落ちこぼれ」とされていた理由はそれか。強すぎる才能は、時として呪いにもなる。彼女は、自分の力を制御できずに苦しんできたのだろう。
「でも、君が『リマスター』したこの腕輪は違う。私の全力の魔力にも、びくともしない。それどころか、まるで自分の体の一部みたいに、魔力をスムーズに循環させてくれる」
雫は、俺の目をまっすぐに射抜いた。その蒼い瞳には、強い意志の光が宿っている。
「君のスキルがあれば、私はもっと強くなれる。私の才能を、完全に解放できる。だから、取引をしないか、神崎翔琉」
「取引……ですか?」
「ああ。君は住む場所もお金もないんだろう? 見るからに、そんな感じだ」
図星だった。俺はぐうの音も出ない。
彼女はそんな俺の様子を気にも留めず、淡々と続けた。
「私が、君の衣食住を保障する。活動に必要な資金も、素材も、可能な限り私が用意しよう。その代わり、君は私の専属の〈リマスター技師〉になるんだ。私のために、最高の装備を作り続けてほしい」
それは、今の俺にとって、あまりにも魅力的すぎる提案だった。
追放され、すべてを失った俺に差し伸べられた、蜘蛛の糸。
だが、心のどこかで躊躇する自分がいた。
本当に、信じていいのだろうか。また裏切られるのではないか。ゴミだと言われ、簡単に捨てられるのではないか。クランでの経験が、俺を臆病にさせていた。
俺の葛藤を見透かしたように、雫が静かに口を開く。
「……君が、自分のスキルをどう思っているかは知らない。でも、私にとって、それは唯一無二の希望だ」
「希望……」
「そうだ。今まで誰も、私のこの厄介な魔力をどうすることもできなかった。でも、君は、このガラクタの山から、たった数分で解決策を生み出した。君のスキルは、決してゴミなんかじゃない」
彼女の言葉が、俺の心の壁を少しずつ溶かしていく。
そうだ。俺はずっと、自分のスキルを信じていたかった。
誰かに、その価値を認めてほしかった。
目の前の少女は、それをたった今、実現してくれたのだ。
もう、他人の評価に怯えるのはやめよう。
俺の力を必要だと言ってくれる人が、ここにいるのだから。
俺は、ゆっくりと顔を上げた。
「……分かりました。氷室さん。あなたの提案、受けさせてもらいます」
「本当か?」
「はい。俺のスキルでよければ、あなたの力になります。最高の装備を作って、あなたを最強の魔法使いにしてみせます」
俺がそう宣言すると、雫は初めて、ほんの少しだけ口元を緩めた。それは、微笑みと呼ぶにはあまりにもささやかだったが、それでも彼女の表情が和らいだのが分かって、俺は少しだけ嬉しくなった。
「……礼を言う。それと、氷室さん、はやめてくれ。雫でいい」
「え? でも……」
「パートナーになるんだろう? いちいち他人行儀なのは、効率が悪い」
「わ、分かりました……雫さん」
「『さん』もいらない」
「……雫」
俺が彼女の名前を呼ぶと、雫は満足そうに小さく頷いた。
「それで、これからどうするんだ? 早速、何か作るのか?」
俺が尋ねると、雫は少し考えるそぶりを見せた後、言った。
「まずは拠点だ。ここを使えばいい」
「ここって……このジャンク屋のこと?」
「ああ。ここは祖父の店だが、今はもう使われていない。二階が居住スペースになっているから、君は今日からそこに住むといい」
まさか、住む場所まで一瞬で決まるとは思わなかった。
彼女の行動力と決断の速さには、舌を巻くばかりだ。
「ありがとうございます。助かります」
「当然の対価だ。それで、今後のことだが……まずは、君自身の装備を揃える必要があるな。その格好では、ダンジョンには入れない」
雫の視線が、俺の着古した服に向けられる。確かに、クランから支給された探索者用の装備は、すべて置いてきてしまった。
「それから、私の力を試したい。新しくなったこの腕輪で、私がどこまでやれるのか……」
彼女の瞳が、爛々と輝く。
抑えつけられていた才能を、解放したくてうずうずしているのが伝わってきた。
「ダンジョンに、潜るんですね」
「ああ。手始めに、低ランクのダンジョンで腕試しだ。資金も稼がないといけないからな」
雫の言葉に、俺の胸も高鳴る。
追放された時は、もう二度とダンジョンには潜れないと思っていた。
だが、今は違う。
俺の隣には、俺のスキルを信じてくれるパートナーがいる。
「分かりました。やりましょう。最高の装備を作って、ダンジョンを攻略してやりましょう!」
俺が力強く言うと、雫はこくりと頷いた。
「ああ。私たちの成り上がりは、ここから始まる」
夕日が差し込む薄暗いジャンク屋で、俺と雫は、静かに、だが確かに、新たな一歩を踏み出したのだった。
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